研究会活動
第6回研究会「文化的景観・環境文化と自然公園を考える」【2014年10月27日(月)】
自然公園の新しい傾向として、文化的景観、環境文化、さらには里山景観といった景観の歴史文化的要素を重視する取組みが増加しつつあります。今回の研究会では、自然公園における文化的景観の意味づけ、価値づけについて考えると共に、国内における関連の取り組みの現状について、重要文化的景観、世界農業遺産といった他の枠組みの保護制度も含めて情報共有・意見交換ができればと考えています。

発表1「文化的景観保全の意義と実践」

広田 純一氏(岩手大学農学部 教授)

【文化的景観とは/日本の重要文化的景観/文化的景観の保存と活用/文化的景観の保存・活用の実際(一関市本寺地区の事例)/文化的景観保存の意義】

文化的景観とは、「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」であり、その景観を生み出した自然や生業といった、視覚ではとらえられないストーリー性=価値づけが重要である。生活・生業により生まれる文化的景観は、文化財でありながら絶えず変化を続けているため、こうした変化をどの程度まで許容するかが重要な検討事項となる。その際は、その文化的景観の本質的価値に照らして判断することが求められる。このような景観を保全するためには、それを生み出している生業の維持が欠かせないため、一般的な文化財の様に規制するのではなく、地域住民が主体となった地域を挙げた取り組みが必要とされる。文化的景観保全の本質は、「姿カタチや機能の背後にある環境と人の生きた関係性の保全にある」とも言えるのである。文化的景観は、地元の価値を再発見し、地域の将来像や地域づくりの方向性を考えるきっかけとなり、その保全は、総合的地域づくりにつながる取り組みと言える。


発表2「自然の聖地~保護地域の文化的・精神的価値について~」

古田 尚也氏(IUCN日本プロジェクトオフィス)

【自然の聖地とは/自然の聖地を巡る危機/自然が有する精神的・文化的価値への注目の高まり/アジアの自然の聖地】

自然の聖地は、「人々およびコミュニティにとって特別な精神的価値を持つ陸域あるいは水域」と定義される。ある特定の場所が物語や神話で意味づけられ聖なる場所とされることで、自然資源の過度な利用が抑制され、持続可能な管理につながっているという例も報告されており、自然の聖地は最も古い保護地域であるとも言える。一方、これまで自然保護関係者の間では、自然の聖地のような、自然が有する精神的・文化的価値はあまり注目されてこなかった。現在、自然の聖地をめぐっては、密漁や遺跡の盗掘、悪質な観光・レクリエーション等、様々な危機が生じている。20年ほど前から、自然保護関係者の間でも自然が有する精神的・文化的価値が注目されるようになってきており、国際自然保護連合(IUCN)でも、世界保護地域委員会(WCPA)内に“Cultural and Spiritual Values” について検討する部会を立ち上げて、様々な議論・決議を行っている。2013年に開催されたアジア国立公園会議内でも自然の聖地が取り上げられ、その報告書は“アジアの自然保護地域が有する文化性や精神性は、アジア地域の特徴の一つではないか”という視点で編まれている。IUCNでは、アジアの自然の聖地に関する事例収集とともに、関係者のネットワーク構築を進めている。


発表3「環境文化型国立公園の試み~奄美の人と自然とケンムン~」

岡野 隆宏氏(環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性地球戦略企画室、生物多様性施策推進室 室長補佐)

【環境文化型国立公園とは/奄美群島の豊かな生物多様性と特徴的な文化=環境文化/境界に出没する妖怪~ケンムン~/地域が抱える不安/地域の価値認識に基づいた国立公園を目指して】

植生のほとんどが人の手が加えられた2次林にも関わらず、豊かな生物多様性が保たれており、非常に特徴的な文化も伝わっている奄美群島では、「人々が自然を利用する中で形成、獲得されてきた意識や生活・生産様式の総体を環境文化と捉え、国立公園の構成要素として保全し、紹介していこうとする」“環境文化型国立公園”の取り組みが進められている。地域では、国立公園や世界遺産の指定・認定を受けることへの不安の声も上がっているが、環境文化型国立公園の考え方を導入し、地域の価値を捉えなおし、それを発信していくことで、国立公園を地域のものにすることができるのではないだろうか。“人と自然との関係性を保持する”という考え方のもと、地域住民が大切にしてきた場所や自然の利用法を、国立公園の制度下における保護対象とすることで、外からの価値の押し付けではなく、地域の価値認識に基づく国立公園となることが期待される。利用の面では、地域の日常を通して自然を見せることがポイントとなる。環境文化型国立公園は、地域制国立公園という制度を採用している日本の国立公園として、今後探るべき方向性である。


発表4「丹後天橋立大江山国定公園における里山景観の意義と保全の取組み」

奥 敬一氏(富山大学芸術文化学部 准教授)

【丹波天橋立大江山国定公園/世屋高原地区の里山景観/観光客への見せ方と変化/保全管理方法/効果と課題】

丹後天橋立大江山国定公園の一部を占める世屋高原地区は、農村集落とそれを取り巻く自然環境から成る里山景観が、国定公園の指定要件となっている。同地区は深刻な過疎高齢化が進んでおり、地域の力だけでは景観を維持できないため、外部の力を活用しながら保全を図る取組が行われている。笹葺きパートナーズでは、大学生、地元NPO、地元企業、森林組合、研究者などが共同で、丹後半島で非常に特徴的な笹葺き民家の保全に取り組んでいる。比較的新しい住民、ファン、地元企業などで構成されているNPO法人里山ネットワークでは、里山や文化伝承の拠点となる場所を整備して、衣食住を通した里山の管理と利用を進めており、エコツアーの開発等にも取り組んでいる。しかしながら、このような取組から生まれた価値は、結局外に流れることが多く、地域への還元は難しいという現状がある。国定公園指定をきっかけに、世屋高原地区は各方面から大きな注目を集め、保全の取組が進んだが、その一方、多様な主体による様々な事業が無計画に進んでしまい、不必要な施設整備等、地域に悪影響を出している部分もある。公園指定にあたっては、様々な活動をコントロールする仕組みづくりが重要である。


議論

コーディネーター:土屋 俊幸氏(東京農工大学大学院農学研究院 教授)

1)「文化的景観」「環境文化」「里山景観」「自然の聖地」の共通点・相違点

  • ・「文化的景観」「環境文化」「里山景観」は、いずれも日常の生活・生業に基づいている。文化的景観は無形の物も対象範囲とするが、目で見た景観地としての一体性にある程度重きがある。保護と活用については、文化的景観は保護の方に力点があり、環境文化型国立公園は利用を強調している。
  • ・「里山景観」は「文化的景観」の1つのタイプ。「自然の聖地」は、また観点の異なる枠組みであり、里山にも町中にも自然の聖地は存在しうる。
  • ・「環境文化」は人と自然との関係性。この関係性の結果生まれるものが「文化的景観」であり、そのタイプの一つとして「里山景観」や「自然の聖地」がある。

2)国立公園制度と文化的景観・環境文化との関係性

  • ・元々日本の国立公園の対象には、文化的景観も含まれている。しかし、今までは保全や利用といった面で十分に活かしきれていなかったのではないか。
  • ・人々の営みの場である集落を普通地域指定するか否かなど、普通地域のあり方、活用方法については議論が必要。
  • ・ユネスコエコパークでは、国立公園で普通地域に当たる部分を、「トランジションゾーン」として重要視している。今後は、普通地域の再定義も必要か。
  • ・環境文化型国立公園になるメリットは、地域にとっての意味を発信することで、来訪者だけではなく地域住民の理解促進にもつなげられること。
  • ・環境文化型ではない国立公園は、日本には存在しないのではないか。

3)景観保全の担い手

  • ・世屋高原地区の場合、30~40代の若い層が、生業がないため集落から出てしまっている。この人口流出が起こる前に現在の様な取組が始まっていれば、担い手が確保できた可能性はある。
  • ・過疎集落は全国的な課題であり、様々な取組が行われている。多くの自治体では、広域コミュニティが個々の限界集落を支え、そのコミュニティを行政やNPOがサポートするという体制をとっている。また、研究者のサポートも重要だろう。

総括

  • ・外からの開発に対して“守る”ための装置という自然公園から、よりアクティブな自然公園の形が求められている。そのためには、国立公園の制度自体も変わらざるを得ない。
  • ・担い手不足の問題など課題はあるが、日本の豊かな文化的景観を将来に引き継いでいくために、自然公園を中心とした保護地域が果たせる役割があるだろう。

(文責:JTBF)