発表1「環境省が取り組んできた利用者コントロール~エコツーリズム推進法・法制の論点を中心に~」
中島 慶二氏(江戸川大学社会学部 教授)
【自然公園法による利用者コントロール手法/エコツーリズム推進法 法制の論点】
自然公園法による利用者コントロール手法としては、以前は、“相容れないものは最初からないことにしよう”という考え方に基づいた保護計画による利用計画の一部制限、利用施設計画の規模を定める事業決定による総量規制、マイカー規制(S49)等の利用規制計画の3つのツールがあった。昭和48年改正から平成2年改正まで法改正はなく自然公園法改正停滞期が続いたが、平成に入ってから、車馬、動力船等の乗り入れを規制する「車馬等乗入れ規制(H2)」、湿原等への立入り自体を規制する「立入規制(H15)」、立入りを調整、つまり人数をコントロールする「利用調整地区(H15)」の3つの制度が新たに加わった。様々なツールが揃ってきたためいろいろなことができるはずだが、そのためには、まずは、国立公園の利用をどうしたいのかという点を改めてしっかりと議論する必要があるだろう。平成19年に制定されたエコツーリズム推進法の法制度検討の際の議論では、法律事項、推進主体、国の役割、エコツーリズムの定義、資源の範囲、名称、基本理念、規制・ルール、ガイダンス等が論点であった。自然公園法をはじめほとんどの自然保護法制はトップダウンの規制であり、国として重要な価値を守る、守らない人は罰する、という構造であるのに対し、エコツーリズム推進法はボトムアップの形を持つ規制ができないかというチャレンジであり、規制をかける正当性の根源を「国としての価値」ではなく「資源価値にかかる地域の合意」に置き換えている。そのため、使いたいと思えば国土全体で展開することが可能な法律であり、推進法的な意義はここにあると考える。
発表2「国立公園にふさわしい利用を実現するためのプロセス~知床五湖・支笏湖・大雪山松仙園」
愛甲 哲也氏(北海道大学大学院農学研究院 准教授)
【知床五湖-利用調整地区/支笏湖-乗入れ規制地区/大雪山松仙園-利用調整からローカルルール】
知床五湖では、ヒグマの高頻度に出没による遊歩道の閉鎖、拡大するエコツアー需要と事故リスク回避とのバランスといった課題への対応の検討をきっかけとして、利用調整の検討が始まった。利用調整地区導入に至った要因としては、構想段階から関係行政機関のみならず地元関係団体も参画した協議の場を設置できたこと、具体的な方策ではなく望ましい利用の方向性に関する協議から始められたこと、問題が起きれば集中的に協議を行える場が設置できたこと、などが挙げられる。加えて、世界遺産の登録、自然公園法の改正(利用調整地区制度の創設)、エコツーリズム推進モデル事業の選定、条例の指定などが後押しとなった。支笏湖では、増加する水上バイクによる生態系や利用体験への影響への対応を検討するなかで、既存の湖面利用との調整を図りながら、乗り入れ規制地区の導入に至った。導入の要因はいろいろあるが、地元の方々にとにかく熱意があったことと、様々な調査を行って科学的データを蓄積していった上で議論をしたこと、関係者による情報共有・協議の場を設置したこと、ヒメマス釣りやボート事業等の既得権に配慮したことなどが挙げられる。大雪山松仙園では、廃道化、閉鎖された登山ルートへの需要が高まったことから、ローカルルールを策定することで、高山湿原の保護と登山利用の調整を図りながら復活を目指している。ルールの策定要因は、地権者である北海道有林の理解、湿原植生の科学的調査、構想段階から関係者による協議などが挙げられる。
発表3「利用者行動を誘導するローカルルールの可能性 ~沖縄の実例をもとにして~」
寺崎 竜雄 氏(公益財団法人日本交通公社 理事/観光地域研究部長)
【地域社会主導による資源管理/沖縄県におけるローカルルール/ローカルルールの枠組みと課題】
観光資源を守るための法整備が充分に進んでいない昨今、地域社会主導による資源管理は重要性を増している。特に観光対象と人里が近接している沖縄県では、観光客や事業者の行動を「制限」「誘導」「規制」するため、特定地域において策定・運用される制度(ローカルルール)が多数存在する。そこで、沖縄県においてローカルルールの実例を収集・分析し、「目的」「対象行動」「規制対象」「設置者」という観点から分類した。「目的」は、「資源」「利用者」「住民」「地場産業」に整理できる。一般的には、資源自体の保全に意識が偏重しがちだが、「利用者」「住民」「地場産業」を守ろうとする事例も多く存在した。また、「対象行動」は「立ち入り」と「それ以外の特定行為」に大別でき、いずれも規制する根拠が課題となっている。「規制対象」には「観光客」及びそれを誘導する「事業者」の2つがある。前者は強制力の根拠、告知や監視の難しさが課題となるが、後者は事業者間の理解・合意形成さえあれば、ルールの根拠にとらわれない上、事業者間の相互監視や利用者の目が抑止力となる。一方で、対象とする事業者の範囲や、事業者を介さない個人の観光客の増加への対応が問題となる。「設置者」は、「市町村」「行政区・自治会」「事業者等の連携体・NPO等の活動団体・個人」に分けられる。フォーマルなルールは策定に時間を要するため、目的を果たすという点においてはインフォーマルなルールがより有効な場合もある。ただし、双方ともに、周囲からの承認が得られる正しい手続きのもとに決定されているルールでなければ実効性はないと考えられる。
発表4「保全利用協定の仕組み 現状と課題」
古田 さゆり氏(沖縄県環境部自然保護課自然保護班 主事)
【沖縄県におけるエコツーリズム/保全利用協定とは/認定地の紹介/協定締結のメリット/課題】
沖縄県では、「自然・文化・歴史の適切な保全と持続的な活用」「地域の活性化」「訪問者が適切な案内をうけて地域の自然・歴史・文化とふれあう活動」の3要素全てを満たすものをエコツーリズムと定義している。平成14年、エコツーリズムを推進するために「保全利用協定」を制定。これは、エコツアーを行う事業者が地域住民などの意見を反映しつつ、自主的に策定するルールのことであり、その内容が適切であれば、沖縄振興特別措置法に基づき県知事が協定を認定する。エコツー法に基づくルールであれば、入域制限などの規制をかけることが可能で保全利用協定よりも法的拘束力が強いが、その分ルール整備にかかる労力も大きくなる。一方、保全利用協定は事業者間の自主的なルールであることから違反した場合の罰則規定などはないが、ルールづくりのハードルは比較的低い。世界自然遺産や国立公園などは行政が主体となってルールづくりや規制を行うべきだが、その他の地域については、全てを行政が管理することはできないので、そのフィールドを利用する事業者が自主的、主体的に管理していくのが理想的である。どちらの制度を使うべきかについては、各フィールドの状況に応じて検討する必要がある。これまでに、仲間川や比謝川、白保等8協定が県知事認定を受けている。事業者にとっては、地域住民や行政等との良好な関係構築、事業者間で話し合う機会の設定等のメリットがある一方、地域との調整に係る負担やインセンティブ不明瞭等の課題も挙げられている。制度開始から10年以上経過したが、認定地は未だに8ヵ所に留まっており、メリット創出や制度自体のブランド化の方法を検討中である。
議論
コーディネーター:阿部 宗広氏(一般財団法人自然公園財団 専務理事)
1)「環境省が取り組んできた利用者コントロール~エコツーリズム推進法・法制の論点を中心に~」中島 慶二氏
- Q.エコツーリズム推進法を作るときに関係者から都道府県を除いたという話があった。県の立場はある程度大事だと思っていて、現場にそれぞれ出先があり、専門的な見識を持った方がいる場合も多いと思うが。
- A.エコツーリズム推進法は、協議会は市町村を中心に作って良い、その中に県が入って当然構わなくて県を必須にはしなかったということ。一般的な法律では、市町村が直接、国というのはあまりない。調整権限の発揮という期待を込めて県に入ってもらうのが一般的になっているが、県も国も担当者が頻繁に変わる。変わらないのは市町村だけ。自然、資源側から見たらどこが頼りになるかといったら市町村。頼りになる人を中核に据えたという考え。
- Q.こういう仕組みを作るときに誰が一番初めに発議するのか。
- A.その自然資源を使っている人、自然資源が壊れると利用のメリットを受けられなくなる人が最初に言い出すのではないか。その言い出す人の声を市町村がちゃんと聞いて、市町村プラス一番困る人が中核になって物事が動いていくのではないか。
2)「国立公園にふさわしい利用を実現するためのプロセス~知床五湖・支笏湖・大雪山松仙園」愛甲 哲也氏
- Q.支笏湖の事例では漁業権を使ったとのことだが、自然公園法や文化財保護法、種の保存法など様々な法律がある中で、その選択をどういうプロセスで行ったのか。
- A.専門家や他地域の方を招聘したり地域の方々や自分自身も他地域に勉強に行ったりして様々な事例を集め、皆さんで何度も勉強会を重ねて検討した。但し漁業権について言えば、実は支笏湖は以前から漁業権が未設定でヒメマスの増殖事業がやりにくいという声がプレジャーボートの問題とは別に元々あり、それを一気に両方とも対応しようということだった。千歳市の担当者が非常に熱心だったのに加え、環境省からは乗り入れ規制、北海道からは漁業権など、様々な役所が様々なアイデアを出して地元の方々との協力関係を作っていった。警察も法律があれば動けるからと施行直後の不法侵入者に対し何度も注意してくれた。
- Q.協議の範囲の範囲は誰がどうやって決めたのか。
- A.支笏湖では行政中心の協議会は既に存在していた。検討当時、地元温泉旅館組合の若手からも問題提起があり、その両者が上手く組み合わさった。知床の場合は、適正利用を話し合う枠組みが国立公園のときに作られていた。世界遺産になることも前提に様々な議論が行われてきた枠組みであり、国立公園の外側の自治会なども含めた会議体(後の地域連絡会議)があった。熊を見ながらガイド付きで入れる場所という発想自体は、かなり初期段階で知床財団の前身団体がアラスカのカトマイなどを視察して“知床でもやりたい”と言っていたのが元になっていて、遊歩道閉鎖が相次ぎ観光事業者も困ってという両者の思惑が一致した。大雪山は立ち上げから関わっていたが、これまでの事例を見てきた上で上手く運用するために関係者を広く漏らさないよう意識し、山岳会や事業者なども含めた。
- Q.松仙園で利用調整地区を検討したが指定に至らなかったとのことだが、もう少し詳しく教えてほしい。
- A.ある程度の入込規模がないと利用調整地区は使えないのではないかという気が最近し始めている。利用調整地区が使えないようなところでは、エコツー法やローカルルール、沖縄の協定のようなものが使いやすいのかもしれない。
- Q.自然観光地にふさわしい利用を実現する仕組みの先進事例をお話いただいたが、費用負担や労力負担をどうしていたか、また、他地域に展開していくときに参考になりそうな点があれば教えて欲しい。
- A.知床の事例が参考になると思う。世界遺産、科学委員、地域連絡会議がある中で、モニタリングもしなければいけないし、PDCAサイクルがそこで回るし、予算もそれなりにつく。また、エコツーリズム戦略があり、新規ツアーを行いたい場合は提案書を会議に出し、モニタリングを自分たちで2~3年試行し、その結果を会議に報告して承認されると実施に入る、という手続きが作られていて、その間の費用や手続き、モニタリングは全て手を挙げた人がやらなければいけない。国立公園でも、国立公園単位でなくても地域単位ぐらいで科学委員会や地域協議会みたいなものを作り、そこで常にエコツアーを協議する場を作るなどしないと、こういうことは出来ないのではないかと思っている。
3)「利用者行動を誘導するローカルルールの可能性 ~沖縄の実例をもとにして~」寺崎 竜雄氏
- Q.ローカルルールの目的を4つに整理しているが、一般論になるが、利権の維持など大義名分や民主主義がない中で、こういうルール作りが進行する場合もあるのではないか。
- A.現時点の調査ではそういう部分はまだ見えていない。また、関係者が多くない中で周りも黙認してなんとなくユルユルとやっているものはあると思うが、それもローカルルールと言って良いと思う。ただ、そのローカルルールがどうやって作られたのか。例えば、地域の人からの信頼が厚い○○さんが言うならもっともだ、ということも、ある意味ルールとしての決まり方の正当性のようなものとして話が進むかもしれない。
- Q.“ルールのフォーマル、インフォーマルに関わらず、正当性を持たないルールに意味はない”というコメントがあったが、ここが非常に難しい。本当に正当性を持つための正しい手続きで決定されるということは、結局、条例化することになるのかな、と。ローカルルールはそこまでは出来ないなかで、どうやって正当性を持たせていくか。色々な事例の中からそういったものが出てくることを期待したい。
- Q.様々な例があると思うが、発議は誰が行う例が多いのか。
- A.発議者は、市町村、事業者、住民の大きく3種類。その中で決定的なことは、市町村の関心度や行政マンのパワーや問題意識によって関わり度合いが違うこと。行政に関心がないところは事業者が始めたり、住民が始めたり。地域によっては、自治会ごとに資源管理に落とし込んでいく必要があることから、最初のきっかけは市町村が作るにしても、“自治会で考えて、区の中でルールを作って運用を”と働きかけているケースもあった。
- Q.協定の協議の開始時、自主的に実施した地域とそうでない地域とがあったかと思うが、後者については県が中心になって声掛けをしたのか。
- A.沖縄県保全利用協定は“代表事業者を定める”と法律に記載がある。後者は県からコーディネーターを派遣し、コーディネーターが地域と調整する中で、申請書の作成や更新手続きなどが出来るような方が代表事業者として選出されたケースが多い。
- Q.外国人観光客が急増しているとのことだが、積極的に観光地として自然公園をPRしていこうとする戦略があるのか。
- A.現状、外国語対応が出来るガイド事業者はあまりいない。観光部署がよく使う表現を多言語に訳してくれているので、その辺りを活用できるか。環境部署としては、外国人観光客だけを対象とした対応はできていない。那覇市内でも文化の違いやゴミのポイ捨てなどが問題になっているので、これから世界遺産に登録されて利用者が増えると、そういったことも問題になる可能性はある。世界遺産登録を目指しているやんばるや西表などでは保全利用協定の弱いルールでは足りないので、その場所に応じたステップアップが必要。
- Q.保全利用協定は弱いとのことだが、すごい仕組みだと思った。事業者の半分の同意が必要、携わる人間がそこを守っていく、将来性を考えるといった辺りが都市計画の緑地協定や緑化協定、地区計画を頭に非常に似ている。枠の作り方だけ決めて中身は自分たちに考えさせるというこの方法、“フォーマルとインフォーマルのちょうど間”の枠を作ることを法的にきちんと担保していてかなり先進的なやり方だと思った。
- Q.実効性を持たせるための手法や方策などがあれば。
- A.利用規制なりコントロールなりをいろいろな観点で評価していくという視点を持ったほうが良いのではないか。合意形成、代替的な方策の用意、選択の自由の確保などをはっきりさせておくことが実効性を担保する上では必要ではないか。
- A.“ルールを作ってみんなで守る”という時の一般論としては、ルール策定時に自分も入っていれば守るだろうことが期待される。だから、ルールを皆に守ってもらおうと思ったら、なるべく沢山の関係者にルール策定時から参加してもらうのが一つのやり方。但し、長い間そのルールが存続すると、ルールを決めた人はいなくなり、ルールだけが残っている状態になるので、それが本当にいいものなのか分からなくなる。結局、“目的の正当性”と、取り決めるときの“決め方の正当性”の2つが必要だと思う。
- A.保全利用協定は、大前提として事業者のやる気がないと何も出来ない。なので、彼らのやる気を維持できるかどうかが大事だと思っている。“ブランド化”を目指して、よりPRしていくことが今後の課題。
- A.実効性を持たせるためには“正当性”と“正統性”が必要。“正統性”があれば、そのルール自体にきちんとした重みが出てくる。ただルールに重みがあっても運用の段階で実効力がなければいけない。運用はちょっとした工夫で実効力がずいぶんと変わる。ルールを守ろうという看板に個人名で書いてあるのと大臣名で書いてあるのとでは大きく違う。
- Q.ルールを作り、主体となる人がそれを実施していく場合、どうやってその制度を担保していくか。持続性をどう持たせるか。
- A.場所によって異なるが、住民と利用のフィールドが非常に近い場合、地域社会がその資源を管理するよう落とし込むことが持続性の鍵だと感じる。
- A.保全利用協定に関して言えば、代表事業者だけに任せないことは大事。継続を考えると、事業者皆が同じ目標をちゃんと持っていて、変わっていく状況も反映させながら更新できることが理想。
- A.持続性を持たせるためには法律で規制の根拠があれば、地元のやりたいことの実現に一歩近づくのではないか。また、国として大事な資源であれば国立公園に指定して国立公園の制度でやるのが正しいやり方だと思う。但し、その場所の資源価値がどういうレベルであるのか、そこがあることによってどの範囲の人たちが得をしているのかを考えた上で色々な選択肢を取るべき。
- A.持続性やルールを担保するのは、法律や公的機関が定めるものだと思う。インフォーマルなものは持続性を考えたときに弱い。何を持ってフォーマルとインフォーマルとするかもあるが、ルールや仕組みを地元だけに持たせるのはかなり無理がある。国立公園は、特にそういうところで支えてあげないと守れないと思う。
4)「保全利用協定の仕組み 現状と課題」古田 さゆり氏
全体)
(文責:JTBF)
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