趣旨説明「オーバーツーリズムを再考する視点と論点」
山本 清龍 氏(東京大学大学院 農学生命科学研究科)
オーバーツーリズムを「再考」と題するのは、この言葉の背景にある現象が、過去に議論されてきたオーバーユースやマスツーリズムといった課題と大きく重複しており、既視感を覚えるからである。私はこれまで国立公園の混雑や渋滞問題に取り組んできたが、この領域は北海道大学の愛甲哲也先生等が1990年代から先駆的に検討してきた分野であり、私自身もその背中を見てきた。それゆえ、昨今のオーバーツーリズムを巡る議論は、私たちが長年検討してきた事柄の本質を捉え直す絶好の機会であると感じている。
オーバーツーリズムという用語自体は2010年代から注目された比較的新しいものだが、その実態が果たして全く新しい現象かと言うと必ずしもそうではない。2010年代にこの問題がクローズアップされたのは、バルセロナ、ベネチア、アムステルダムといった欧州諸都市において、交通渋滞や騒音、民泊急増による治安悪化や住環境の劣化が顕在化したためである。一方、自然公園の分野に目を向ければ、1980年代からオーバーユースという言葉が用いられ、資源の劣化、環境汚染の文脈で語られてきた。米国の国立公園では、現在も特定の時間帯の入園に予約制を導入するなど対策を講じているが、今年現地を訪れた印象では、問題の本質的な解決には至っていない。また、戦後の経済発展に伴う観光の大衆化と大量消費を指すマスツーリズムへの反省から、エコツーリズムやサステナブルツーリズムの理念が生まれた経緯も考慮する必要がある。
オーバーツーリズムの本質は、単に人が多いという量的な問題に留まらず、その質的な問題にこそ議論の核心がある。訪問客が生活空間へ侵入し、経済効果が地域内に格差を生むことで、コミュニティの関係性が壊れてしまう事態が実際に起きている。例えば、世界遺産である福建土楼では、観光による経済的インパクトが住民間の格差を生み、結果として本来の生活様式が失われ、観光客が住民のいない抜け殻を眺めるという事態が起きている。また、ニュージーランドとフィジー・クック諸島等の関係性に見られるように、観光地の観光施設がゲスト側の資本である場合、地域にお金が落ちず、地域社会が疲弊してしまう構造は、かつて日本が海外へ多くの団体客を送り出していた時代にも見られたものである。
こうした過去の議論との重複を踏まえ、オーバーツーリズムを改めて捉え直す必要がある。この20年間で、観光は目的達成型から時間消費型・周遊型へと変化し、旅行形態も団体から少人数、個人へと移行してきた。こうした変化に対し、私たちは情報、技術の進展を背景としながらも新たな対応を迫られている。過去の教訓から現在の課題を再解釈し、地域社会と観光の健全な関係性を構築することが、今まさに求められている。
話題提供1「イタリアの市民生活と観光の共存」
佐野 浩祥 氏(東洋大学 国際観光学部)
イタリアと日本は、国土面積や高齢化率の高さといった構造的背景に共通点が多いが、GDPに占める観光の割合は日本よりはるかに高く、イタリアは世界屈指の観光大国である。特筆すべきは、日本の市町村にあたるコムーネが約8,000も存在し、小規模な村が多数点在している点である。これら小さな村がいかにして存続し得ているのかという点は、地域計画の観点からも極めて興味深い研究対象であり、私は一年間現地で研究していた。
イタリアのオーバーツーリズムを概観すると、インバウンド客数は日本をはるかに凌駕し、ローマ一都市の観光客数が日本全体に匹敵する規模である。現在、国民の約6割が観光規制を支持しており、背景にはクルーズ観光や民泊(Airbnb)の急増による住環境の悪化がある。特に民泊の象徴であるキーボックスが反観光運動の標的となるなど、都市部での対立は激化している。この問題は都市部に留まらず、ドロミテやチンクエ・テッレといった自然公園にも及び、イタリア人の伝統的なバカンス文化さえ脅かしている。
ローマでの一年間の生活者としての視点からも、その過酷さは痛感された。私の住まいはバチカン近郊の狭い路地に面した石造りの住居であった。路地のレストランでは、特に夏休み期間、深夜まで観光客の喧騒が絶えず、石造りの壁に音が反響して安眠を妨げられた。こうした生活は住民が観光嫌悪を抱く直接的な要因となっている。また、観光客向けの物価高騰や家賃上昇が家計を圧迫し、街が土産物店ばかりになる過度な商業化も生活の質を低下させている。こうした過酷な環境下で、ボルゲーゼ公園やアパレルナカッファレッラ公園といったお気に入りの公園や近郊の湖といった自然に触れる時間は、喧騒から逃れ人間性を取り戻すための貴重な癒しの場となっていた。
自然公園における事例として、世界遺産チンクエ・テッレが挙げられる。崖上に築かれた5つの村から成るが、近年は農業が衰退し、住民の9割が観光に従事する構造へ激変した。「チンクエ・テッレ・カード」による入場料徴収で保全を図っているが、爆発的な観光客増に対しては十分な抑制策となっていない。特に象徴的なトレイル「愛の小道」への過度な集中は深刻で、カードの値上げやITによる混雑情報の提供などの策を講じているが、客足が遠のけば地元から不満が出るなど、保全と経済の均衡は極めて難しい。
オーバーツーリズムは地域ごとに原因が異なり、普遍的な解決策は見えていない。しかし、チンクエ・テッレでの試行錯誤からは、日帰り客の制限というターゲットの明確化や、地域全体のストーリーを伝えることで「愛の小道」以外への空間的な分散を促すなど新たなビジョンが見え始めている。地域独自の文脈に沿った対策が、持続可能な観光地経営にどう寄与するのか、今後の展開を注視したい。
話題提供2「予約制導入による鍋ヶ滝公園の運営管理」
新家 龍太郎 氏(熊本県小国町 役場産業課)
熊本県最北端に位置する人口約6,100人の小国町は、総面積の約78%を森林が占める林業の町であり、現在は再生可能エネルギー事業を通じた持続可能な地域づくりに注力している。「小さくても美しい国、思わず深呼吸したくなる場所」を掲げる同町は、新千円札の顔である北里柴三郎博士の生誕地としても知られ、杖立温泉やわいた温泉郷といった歴史ある観光資源を有している。
中でも鍋ヶ滝公園は、幅約20m、高さ約10mの滝の裏側に広い空間があることが特徴で、水のカーテン越しに四季折々の幻想的な景観が楽しめる「裏見の滝」として高い人気を誇る。2003年の飲料CM起用で知名度が急増し、2012年に公園として整備されたが、来訪者の急増により最大2時間待ちの渋滞が発生するなど、深刻なオーバーツーリズムが地域住民の生活を阻害する事態となった。これに対し町はシャトルバス運行や入園料徴収を開始したが、コロナ禍でバスの三密回避が困難となり、一時は休園を余儀なくされた。この課題を克服するため、2021年度に予約システムを導入し、翌年から事前予約制の運用を開始した。
予約システムの構築にあたっては、滞在時間や混雑状況の綿密なモニタリングに基づき、1枠40分の入替制を導入した。当初は1枠170名を上限としていたが、駐車場のキャパシティを考慮しつつ現在は1枠200名まで引き上げている。システムは事前決済型のWeb予約を採用し、繁忙期には完全予約制を敷くことで渋滞を解消した。現地には警備員を配置して予約確認を徹底する一方、デジタル弱者向けに観光協会での当日券発行や、システム外の団体予約をコールセンターで集約し手動入力するなどの柔軟な運用体制を整えている。こうした一連のガバナンス体制の構築は国際的にも高く評価され、「世界の持続可能な観光地トップ100選」の部門3位を受賞した。
予約制導入により混雑は解消したが、新たな課題も浮上している。予約時の会員登録等の手間による利便性の低下や、入園制限に伴う来園者数の減少、さらに過疎地ゆえの人手不足や観光付加価値の向上が喫緊の課題である。これに対し町は、予約システムの簡素化や自動受付機の導入による省人化を検討している。また、大型バスの通行を可能にするバイパス建設や、対岸まで公園を拡張する「カントリーパーク」の整備を進めている。ハード・ソフト両面でのキャパシティ拡大を図ることで、オーバーツーリズムを再発させずに受け入れ人数を増やし、来訪者が安心して自然を楽しめるストレスフリーな観光資源として、今後も磨き上げを継続していく方針である。
話題提供3「自然公園における分散化と利用の規制の手法について」
速水 香奈 氏(環境省 国立公園課)
現在、訪日外国人数が約4,000万人弱、消費額が約8.1兆円に達するなど、日本の観光需要は過去最高を更新している。一方で、需要が都市部に偏在することで交通渋滞やマナー違反といった生活環境への悪影響が生じており、これを受け、国は「オーバーツーリズム対策パッケージ」を策定し、混雑対応、地方誘客、地域住民との協働を三柱に掲げた。環境省も国立公園を中心に、富士山での入山規制や通行料徴収、西表島でのガイド同行義務化などを実施したり、中部山岳ややんばる等のブランド化を通じた分散を図っている。
富士山では、2024年度から山梨県側で人数制限や通行料徴収、夜間規制が開始され、弾丸登山の抑制に効果を上げた。2025年度からは静岡県側も同様の制度を導入し、対策を強化する。また、過去最高の入込み客数により深刻な渋滞が発生した上高地では、駐車場のライブカメラによるリアルタイムの情報提供を開始し、さらなる誘導システムの検討を進めている。あわせて、国立公園では簡易ゲートでの実証事業や、自然公園法に基づく公園事業決定規模の設定、全国37か所でのマイカー規制、知床や西大台での利用調整地区の運用など、多様な法的ツールによるコントロールが行われている。さらに、エコツーリズム推進法に基づき、西表島では特定自然観光資源の保護を目的とした立入制限やガイド同伴の義務化が実施されている。
こうした利用コントロールの運用には、自然公園法や自治体条例などの根拠法令、および環境省や自治体といった実施主体の明確化が鍵となる。特に、強力な規制が可能な利用調整地区の設定には土地所有者との合意形成が不可欠であり、市民の理解を得るための法的根拠の精緻な整理が重要な課題となっている。
実効性の高い対策を講じるためには、利用実態の正確な把握が欠かせない。環境省が2024年に国立公園の日本人利用者を対象に実施した満足度アンケートの結果でも、渋滞や混雑が満足度低下の主要因として浮き彫りになっている。今後は単なる規制に留まらず、二次交通を含む交通体系の再検討や、混雑発生メカニズムの深い解析が不可欠である。
今後の国立公園管理では、規制による直接的な抑制と、魅力向上による間接的な誘導を組み合わせた総合的なアプローチが求められる。具体的には、DXを活用したリアルタイムの混雑の可視化、滞在コンテンツの多様化による時間・場所の分散、自然体験の質を高める専門ガイドの育成が重要となる。単なる人数制限に留まらず、自然環境の保全と地域経済の活性化、そして最高水準の利用体験を同時に達成する「保全と利用の好循環」を確立し、持続可能な国立公園の姿を目指していく必要がある。
ディスカッション
コーディネーター:
山本 清龍 氏
パネリスト :
佐野 浩祥 氏
新家 龍太郎 氏
速水 香奈 氏
1)オーバーツーリズムの定義と捉え方の多様性について
- 単なる物理的な人数の削減をゴールとせず、地域にとって重要な客層の質がどう変化するかという視点が、対策の成否を判断する上で不可欠となる。オーバーツーリズムの解決策として時間的・空間的分散を図る理論は合理的だが、観光客の「どうしてもそこへ行きたい」という欲望を安易に変えることはできず、現実的な打開策を見出すのは極めて困難である。対策が単なる政治的議論に終始するのを防ぐためにも、住民が抱える具体的な不満や意識を客観的・科学的に把握し、多角的な視点から現状を捉え直さなければならない。
- 特定の観光目的を持つ顧客の集中は避けがたく、イベント期間の短縮を行っても渋滞が解消されない現状では、利便性低下へのクレームと向き合いながら施策の目的を説明し続けることが不可欠となる。オーバーツーリズム対策としての予約制導入が、一部の来訪者に不便を強いる若者優遇策と批判されても、それが将来の標準になると確信し、毅然と取り組む姿勢を貫かねばならない。都市部や国立公園など、立地の異なる多様な現状を知ることで共通の論点と個別の課題への認識を深めることは、対策の精度を高める上で極めて重要である。
- 休日の分散化という社会構造の変化を待つだけでなく、特定の場所への集中の実態に対し、個別の成功事例を積み重ねることでコントロールの可能性を模索していくべきである。紅葉期の日光に見られる一時的・局所的な混雑のみを捉えてオーバーツーリズムと断じるのではなく、年間を通じた利用実態やエリア全体の状況を冷静に分析し、真の課題を見極める必要がある。同時に、この問題を単なる混雑として捉えるのではなく、利用コントロールを通じて静けさなどの付加価値を創出し、自然体験の質を向上させるという前向きな概念として再定義しなければならない。
2)利用コントロール(集中と分散)の可能性と限界について
- 予約制などの従来手法によって時間的・空間的な集中の制御は可能だが、特定の人気スポットを目的地とする観光客の強い動機を変え、他へ分散させることは極めて困難である。訪問者が固執する目的地から他へと視線をそらす打ち出の小槌のような手法は見当たらないため、物理的な分散の追求には限界があると考えざるを得ない。規制の是非を二択で問うような単純なアプローチを排し、モニタリングで得られた緻密なデータに基づき、実行力のある漸進的なコントロール手法を構築していく必要がある。
- 鍋ヶ滝のような単一施設では予約制による制御が可能だが、地域全体で見れば主要スポットの混雑が周辺へ連動するほか、代替コンテンツの不足により分散を図っても来訪者が町外へ流出してしまう課題がある。予約制というデジタルな制御を基本としつつ、操作が困難な層へは現地での人的サポートや観光協会での直接発券といったアナログな補完策を講じることで、実効性のあるコントロールが実現する。こうした現場での実践知と外部からの指摘を照らし合わせれば、これまでの施策の妥当性や今後補強すべき不足部分を客観的に再評価することが可能である。
- 富士山や尾瀬のように入口が限られたエリアでは、入山制限等の導入が成功事例となりつつあり、適切な管理手法を選択すれば自然公園における利用コントロールは十分に可能である。国立公園全体のストーリー性を打ち出し、象徴的な集中エリア以外の多様な魅力を伝えることで、訪問者を未利用エリアへ誘導し、公園全体の利用を平準化させることができる。実際の現場における規制導入や地域合意の形成は極めて困難な作業だが、先行事例の考え方を整理し、知見を積み重ねていくことこそがコントロールを実現する鍵となる。
- 海外の事例に見られるように、駐車場の収容能力を物理的に縮小・変動させることで、人の手をかけずに訪問者数をコントロールできる可能性がある。
3)予約制・料金徴収の導入と課題について
- 物理的な混雑や特定の場所への集中を緩和する手段としては、既存の予約制や入場規制といった手法を適切に運用することで十分に対応が可能である。単なる人数制限や分散化に頼るのではなく、地域がターゲットとする望ましい観光客(地域のストーリーを理解する層など)を明確に定義し、その層に向けた情報発信や環境整備を地道に行わなければならない。安易な規制導入に走る前に、観光が地域住民の生活や住宅問題に与える実態を科学的な調査によって明らかにすることが、適切な制度設計を行う上での大前提となる。
- 物理的な収容力の拡大が困難な場所では、予約システムの導入のみならず、ウェブカメラによるリアルタイムな混雑情報の提供など、来訪者の行動判断を助ける情報発信の検討が重要である。導入初期に生じる不便さへの不満やデジタル格差による批判については、社会全体が予約制に順応していく過渡期の課題と捉え、現場での丁寧な説明とサポート体制で対応していく必要がある。実務者が直面する現場特有の課題と学術的・行政的な視点を融合させれば、制度導入に伴う論点をより多角的に整理でき、実効性のある運用へと繋げることができる。
- コロナ禍を経て浸透した事前予約制やDXの知見を活かし、物理的なゲート設置が困難な場所であっても、交通システムとの連動などデジタル技術を用いた新たな管理体制の構築が期待される。厳格な保護が必要な特別保護地区への集中を避けるための規制は引き続き検討すべきだが、それ以外のエリアでは魅力の発信と利用のバランスをどう取るかが重要な課題となる。規制や利用制限を単なる禁止に留めず、それによって得られる質の高い自然体験を今以上のサービスという付加価値に転換することで、利用者の理解と満足を得る仕組みを構築しなければならない。
- DX等のシステム導入以前の手法として、施設のキャパシティ(収容力)自体を小さくすることで人数を制限する手法があるが、日本においては駐車場からあふれた車両が公道へ及ぼす影響が大きな課題となる。
4)地域活性化への繋げ方と将来の課題について
- 一律の規制によって地域経済に貢献する宿泊客まで減少させては本末転倒となるため、今後は人数の制御と並行し、地域にとって望ましい客層を維持するための戦略を練らねばならない。地域の将来像に合致したターゲット層を惹きつけるプロモーションや交通体系の整備を地道に積み重ねることこそが、時間はかかるものの、健全な地域活性化への確かな道となる。今後の重要課題として、観光客の動態のみならず地域住民側の意識についても継続的なモニタリングを行い、そのデータを活用することで、より実効性の高い地域主導のオーバーツーリズム対策が可能となるはずである。
- 混雑地点からの分散先となる魅力的なコンテンツを町内にいかに整備し、一時的な訪問に留まらず駐留してもらえる仕組みを作るかが、今後の観光活性化における大きな課題となる。分散先となる地域においては、単なる誘客のみならず、住民生活を脅かさないための受け入れ態勢を事前に整える地域づくりこそが、観光による活性化を成功させる大前提となる。自地域の視点のみに固執せず、他地域の事例や多様なステークホルダーからのフィードバックを取り入れることで、より広範な視点に立った地域主導のオーバーツーリズム対策と活性化策を構築することが重要である。
- 画一的な管理が難しい多様な入口を持つ公園区域においても、DX等の先進的手法や成功事例のノウハウを応用し、利用の適正化と地域振興を両立させる仕組みを整えることが重要である。インバウンド客も利用しやすい二次交通などの交通体系を整備することで、利用コントロールと広域的な分散化を両立させ、地域全体の活性化に寄与する仕組みを構築する必要がある。あわせて、適切な管理によって維持された良質な環境を地域独自の魅力と結びつけ、観光の付加価値を高めることで、最終的に地域経済へ還元される好循環を生み出す議論を深めなければならない。
- 低コストで利用人数を絞り込む管理手法は存在するものの、日本の道路事情や地域環境に即した運用をいかに行うかという、国内特有の状況に合わせた調整が必要である。
(文責:JTBF)
