話題提供1「自然への再投資につながる感動と学びの体験を計画する」
川瀨翼 氏(環境省 自然環境局国立公園課国立公園利用推進室 室長補佐)
環境省では、国立公園の保護と利用の好循環により、優れた自然を守り地域活性化を図ることを目的とした「国立公園満喫プロジェクト」を推進しており、受入環境の磨き上げや国内外へのプロモーションに取り組んでいる。“保護と利用の好循環”とは、風景地の保護としての生物多様性の確保、風景地の利用としての保健・休養・教化が循環することである。その循環を生むには、まず“持続的な自然環境・地域づくり”や“感動と学びを提供する仕組み”が必要となるが、例えば、市町村や地域の事業者等から成る協議会が、自然公園法の「自然体験活動促進計画」を活用し、自然環境を保全しながら質の高い自然体験活動を提供することにより、感動と学びの体験機会をつくることが考えられる。また、利用から保護を生み出していくためには、インタープリテーションの考え方が不可欠。国立公園ごとに伝えたいストーリーやメッセージを整理し、ガイドプログラムをはじめ、展示、印刷物、野外サイン等を含めた「インタープリテーション全体計画」を設定することで、自然や地域と来訪者との心のつながりを生み出す。感動と学びの体験によって、「その自然や地域を守りたい」という「愛着と責任」を生み出していくことが重要であり,その駆動力となるのがインタープリテーション。さらに、その守りたいという想いを受け取るあるいはつなぐ仕組みも重要。最近は、クラウドファンディングやオフィシャルパートナーによる寄付・支援も増えている。資金だけではなく、様々な人的支援や技術協力も含めて、心を集めていくような仕組み・受け皿ができると、みんなで支え,作り,楽しむ国立公園が実現できると考えている。話題提供2「登山道整備等の応援に特化した「YAMAPふるさと納税」」
大土洋史 氏(株式会社ヤマップ マーケティング戦略本部 アウトドア事業開発部長)
株式会社ヤマップは、登山地図GPSアプリケーションである「YAMAP」という、電波の届かない山の中でも現在地が分かるサービスを提供している。アプリ利用者の属性情報から来訪人数や居住地を把握することができるのもYAMAPの特徴であり、自治体や地域と連携して、様々な取り組みを行っている。
現在、登山道の保全の担い手がどんどん不足しつつあり、登山道整備をする人もいなくなってきている。その現状を知ってもらうために、1泊2日の登山道整備ツアーを飛騨市で実施した。このようなツアーは、保全の課題を知ってもらうだけでなく、継続的に地域と関わる関係人口の創出につながる可能性がある。
昨秋、YMAPではふるさと納税を活用した登山道整備等の資金調達の仕組みの実証実験を行った。山や自然に親しむ体験や登山道整備・自然環境保全活動の応援に特化したふるさと納税「YAMAP自然特化型ふるさと納税」である。YAMAPユーザーへのアンケートでは、「純粋にプロジェクトの寄付金の使い道が納得できた」、「共感や応援したくなるプロジェクトだった」といった声が多く、興味関心のある人たちにどのように情報を届けるかが非常に重要であることが分かった。
今後、YAMAPふるさと納税では、①資金調達として当たり前に活用できるようにすること、②保全に関わる仕組みを踏まえて、資金集めのモデルづくりをすること、③ユーザーにとって、ふるさと納税や寄付をしたくなるような最適なタイミングで情報を届けること、の3点を進めていきたい。
話題提供3「国立公園の保全管理に対する共創型資源管理基金活用モデルの構築」
山本清龍 氏(東京大学 大学院農学生命科学研究科 准教授)
本研究では、国立公園利用者の支払い意志額、利用による経済効果を踏まえて、自由度の高い地域独自の財源を確保する基金のモデルを提示すること、このモデルを通して、国立公園の利用計画の方法論を提案することを目指した。
環境保全のためにお金をいくら出せるかは、国立公園ごとに支払い意志額の曲線が異なり、国立公園利用者を対象として広く集めた方がよいのか、ある特定の層に働き掛けてお金を集めた方がよいかを考える基礎資料になる。お金の払い方については、可能な限り全員から徴収することを望む回答が最も多く、日本人は全員で支えるような仕組みを強く志向していることが分かった。
基金においては、国立公園内における来訪者の消費が地域の経済効果となっており、その循環が見えることは地元企業が寄付の意義を認識できるので重要である。
地域経済を把握することで、基金の規模や枠組み、目指すべき徴収金額など、具体的なことが決まっていくため、地域においてはこれらの内容をきちんと整理し、地域の中で議論をしておくと、意味のある基金づくりができる。
ディスカッション
コーディネーター:愛甲哲也 氏(北海道大学大学院農学研究院 教授)
1)「エコツーリズム推進全体構想」、「自然体験活動促進計画」、「インタープリテーション全体計画」等との整理
- 「自然体験活動促進計画」は、国立公園の魅力を有効に活用した自然体験活動の提供に関する方針を調整・決定する協議会を設置し、その協議会により作成された質の高い自然体験活動の促進を目的とした「自然体験活動促進計画」を環境大臣が認定する制度。法的なメリットとしては、一部の許認可が不要になること。「エコツーリズム推進全体構想」がある地域に「自然体験活動促進計画」が上乗せされる形になると、より生きてくる。「インタープリテーション全体計画」は、行政文書ではなく、どちらかというと国民、市民、地域住民とのコミュニケーションのためのツールである。
2)国立公園にかかる利用状況等のデータ収集と分析
- データの分析・収集については、例えば、いくつか登山道がある場合、どの登山道をユーザーが使っているかを可視化することはできるだろう。多く使われている登山道が最も疲弊していると仮定すると、その場所を重点的に保全するというように、ユーザーの行動から保全の優先順位を付けられる可能性がある。
- YAMAPの場合、ほとんどの国民が所有するスマートフォンから情報を集められる。最近は、登山口でビーコンを配布し、登山者の行動を区間ごとに把握する調査を検討している。このデータで可視化はできるが、ビーコンを持ちたいと思ってもらわなければならない。それについては、民間のセンスも必要。
- 施策を打つためには利用者数や消費額のデータが必要であるが、不足しているのは、感動と学びがどのように届いているかに関する質の評価等、来訪者の内面のモニタリングである。主にアンケートで把握することが多いが、TwitterやFacebookをテキストマイニングで測った研究では、特別保護地区内では、喜びの感情が増えていることがデータから見えてきた。
- 大雪山の無人避難小屋の改修計画が持ち上がっているが、利用者数が分からないため、必要な規模が想定できない。こういった利用データの把握においてGPS情報は有効だろう。また、プッシュ型の通知を用いて、危険情報をダイレクトに伝えられるとよい。
3)地域の活力とボランティアの参画
- 訪問者が地域に貢献する方法としては、経済的な貢献以外にも、ボランティアとしての貢献がある。これまで日本になかったようなボランティアの在り方も考えられる。
- 受け入れる側(地域)も行く側(ボランティア)も組織化しなければならない。組織化にはグラデーションがあると考える。“組織化のグラデーション”のイメージは、継続的に活動してくれるボランティアは自治体や関係団体とのつながりを非常に強くし、参加頻度の少ないボランティアは情報提供やその内容も緩やかにするということである。
- 登山道や避難小屋の管理など,山岳会などの組織が維持管理をになってきた。高齢化にともない、この体制が徐々に弱ってきている一方、組織化されていない人たちがボランティアとして集まってきており、その中には、若い人たちもいる。非常に頼もしいと感じているが、組織化されていないので,これまでとは異なる募集や周知が必要となる。
- 公園を支える古き良き制度で、パークボランティアと自然公園指導員がいるが、現代のニーズに合わせてもう少し多様にするべきだと感じている。また、公園管理に携わるチャンネルを複数用意することも重要である。そのためには、そのチャンネルをマネジメントする人や組織が必要になる。ボランティアと付き合うことを専門にするボランティアコーディネーター、企業との連携をつくり出すような専門的なレンジャーがいてもよいのかもしれない。
- ボランティアが集うイベントの開催や,受け皿となる組織や担当者の経費について、訪問者や企業からの寄付も含めた仕組みを検討する余地がある。
4)寄付や協力金の受け皿
- 人材育成やボランティアの手当て等、これまで行政がなかなか手当てできなかった部分に手当てできるのが基金だと考える。民間のセンスも取り込み、使途をこれまで以上に自由に考えていけることが望ましい。こういった点をふまえると、事務局は、行政から離れた自立した団体の方がよいのではないか。しかし、お金を払う側からすると、事務局が行政だと安心して払える側面もあるので、そこをどのように乗り越えていくかが問題である。
- YAMAPのアンケートでは、8割以上が入域料を払うと回答している。払いたいと希望している人がいるにもかかわらず、なぜ受け皿がないのだろうか。我々民間企業が地方自治体に対し、どのようなメリットがあるかをきちんと伝えながら、受け皿を作るために企業と地方自治体がタッグを組むことが重要だと考えている。
- 地域の協議会や受け皿がない場合、寄付や協力金が集められない状況が起こる。逆に基金ができたからといって、環境省の予算が減らされてしまうのは困る。「自然体験活動促進計画」、「インタープリテーション全体計画」の中に費用負担の話も入れた方がよい。どこで、誰が負担するのか、どのように徴収するかもきちんと計画として位置付けるべき。
- 地域協議会に対して寄付をする場合、運営の人件費に全て充てざるを得ないこともある。オンラインでの寄付など収受の際の人件費をより少なくできる仕組みの構築・展開も重要。オフィシャルパートナー企業は、自分たちの支援が目に見える形になってほしいという意味で、特定のプロジェクト支援型を望む方が多い。
- 基金をつくる場合、それをどのように管理するかが非常に重要である。広がりや継続性を考えると、民間が中心となって、それぞれの地域で運営する組織をつくることが非常に重要である。環境省に寄付をする形が取れないのは、日本の大きな課題かもしれない。
- 徴収の観点では、資金が集まる地域と集まらない地域の格差があまりにも大きいので、自助努力で集める方法とともに、大きく集めて、再分配する方法も採らなければ難しい。企業が寄付をする場合、自治体に寄付するよりも環境省が管轄している国立公園全体に寄付する方が社内説得もしやすく、企業からの資金も集めやすくなるだろう。
5)インタープリテーションの役割
- 人が介在して、自然の魅力を伝える翻訳者になることができれば、それを知ろうとしている人に対して、その自然の魅力をより理解してもらえるように伝えることができるのではないか。日本では、ガイドを付けながら巡る文化や背景がないので、その辺りのハードルはある。
- 感動や学びから、愛着を持ってもらうためには、インタープリテーションが重要な役割を担う。インタープリテーションを通して、自然そのものだけではなくその背景にある環境や文化などを伝えることにより、参加者自身も何か働き掛けをしなければその自然を守ることができないことに気付く。
- インタープリテーションの中でも文化と自然を完全に切り分けるのは、非常に難しい。様々な文化的な要素を入れたツアーが非常に人気であると聞く。文化と自然をどのように組み合わせるか、インタープリテーションで要素をうまく伝えることが重要。
(文責:JTBF)