研究会活動
第10回研究会「国立公園のインバウンドを考える」を開催します【2017年5月22日(月)】
政府が昨年度末に取りまとめた「明日の日本を支える観光ビジョン」に基づき、環境省では、国立公園満喫プロジェクトを推進しており、 2020年を目標にインバウンド対応の取組を計画的・集中的に実施し、 日本の国立公園を世界の旅行者が長期滞在したいと憧れる旅行目的地にしていくという取組を行っております。そこで、これからの国立公園におけるインバウンドを考えるにあたり、これまでの国立公園のインバウンド施策や計画を振り返り、情報共有・意見交換ができればと考えています。

発表1「1930年代の国際観光ホテルと日本のリゾート」

 砂本 文彦氏(神戸女子大学教授)

【国際観光政策/国際観光地の選定/国際観光ルート/国際観光ホテル/上高地における観光開発/国際観光政策と国立公園行政】

1930年代、外国人観光客の観光消費によって対外収支を改善することを目的に“国際観光政策”が立案された。政策は「宣伝・斡旋」「ホテル等」「交通・観光地」「接遇・地方機関」の4つの柱を立て、実業家や政治家等から構成される各委員会で議論された。外客誘致にふさわしい国際観光地を選定し、滞在日数を延ばし観光消費を高めるために、それぞれをつなぐ国際観光ルートの検討にも注力した。特に宿泊施設の整備に注力し、日本旅館の様式化への改造や、スポーツ施設・娯楽施設の整備等が進められた。川奈ホテルや琵琶湖ホテルなど14のホテルが大蔵省預金部から低金利資金の融通を受けて新たに整備され、それらは総称して“国際観光ホテル”と呼ばれた。国際観光政策で最初に開発が検討されたのは国立公園の指定運動が進められていた上高地であった。国際観光政策では、少数の山岳信仰者のための秘境から国際リゾート地への脱皮が期待された。計画では、自動車道路をどこまで通すのかの議論があり、自然保護と観光開発の矛盾について議論の振幅を見せることとなった。また、新設された上高地ホテルは、登山に関わる人々の意見をもとに欧米の山岳ホテルの事情との比較・考証をもとに建築計画が立てられていた。なお、議論や設計で、スイスの山岳と上高地の山岳とが比較として重ねられ、外観はスイスの山小屋をイメージしていた。上高地ホテルの計画は世界の山岳ホテルとの同質性を確保し、かつ登山者の利用に応える新たなホテルをつくろうとした意欲的なものであったといえる。国際観光政策では、登山家などの意見も取り入れるなど柔軟な姿勢を見せる一方で、国立公園行政に対しては議論の結果を伝えるのみで調整を行うことは無かったと考えられる。


発表2「戦前期の国立公園における観光資源とその価値観」

 水内 佑輔 氏(東京大学大学院農学生命科学研究科 助教)

【田村剛の計画思想/戦前の国立公園の剪定プロセス】

国立公園は1931年に自然風景の保護と利用を意図して制定されたものであるが、外客誘致を中心とした観光促進、地方農村での郷土愛と経済効果の浮揚を狙った等、複数の社会的背景から成立したことが明らかにされている。国立公園選定においては、国立公園の父といわれた田村剛の考え方が大きく影響している。1920年代前半の田村の考える国立公園像は、都市民の長期滞在のための自然レクリエーション空間を国家が管理して整備していくというものであった。具体的には、標高1,800メートル以上の山岳地で、面積は小規模で1万haを目安、様々な風景を楽しめるように空間要素のバリエーションを備えていることを重視し、全国にネットワーク的に配置することを検討していた。しかしながら、北米とヨーロッパの視察を経て田村自身の概念が変化し、最終的には、アメリカの山岳中心のものを普遍的モデルに、国立公園を“日本を代表する風景をもつ、広大なまとまりの原生的自然風景地”と定義した。田村は選定方針を定め、各候補地に対して科学的評価を行い、合理的な選定を試みたが、田村の概念は委員間に共有されておらず、各委員が強く主張する候補地を全て選定するという妥協的帰結に終わった。田村は、アメリカの国立公園から原生自然を社会空間化する手段を輸入したが、日本の場合は、原生自然地域には既に寺社や伝説等があり人にとって認識されている空間が多く、そのような地域に国立公園をかぶせていくこととなり、どのように利用していくかという議論が定まっていなかったと考えられる。昨今国立公園がどのようなものであるか見えにくくなっている原因は、実は国立公園と制度が日本でできた時から内在化していたのではないかと考えられる。


発表3「国立公園満喫プロジェクトについて」

 笹渕 紘平 氏(環境省自然環境局国立公園課専門官)

【国立公園満喫プロジェクト/持続可能な地域経済/ホテル誘致/公共施設の民間開放/利用者負担】

国立公園満喫プロジェクトは、政府の観光ビジョンの施策のひとつとして、国立公園の「ナショナルパーク」としてのブランド化を目指し、まずは8か所の国立公園で「国立公園ステップアッププログラム2020」を策定し、訪日外国人を惹きつける取組を計画的、集中的に実施するものである。訪日外国人の公園利用者数を1,000万人とする数値目標を掲げる一方で、いかに地域が経済的に持続可能になるかという点を重視している。保護重視であったこれまでの施策と比較して特徴的な施策としては、①ホテル誘致、②公共施設の民間開放、③利用者負担が挙げられる。ホテル誘致については、幅広い客層に対応した宿泊施設を用意するため、国立公園の中では特に不足しているラグジュアリー層向けの宿泊施設が誘致するための施策が進められている。公共施設の民間開放については、廃屋の撤去等を行い、民間事業者が投資できる場所を作るための整備が進められている。利用者負担については、プロジェクト内で施設を増やすことで増大する維持管理費をどのように利用者に負担を求めていくか議論されている。訪日外国人が日本に来るにあたって期待していることは、日本食に次いで自然景観地での観光であるといわれている。国立公園に来ることによって自然と共生する日本人の暮らしが見られる場所となるように今後もプロジェクトを進めていく。


議論

コーディネーター:土屋 俊幸氏(東京農工大学大学院農学研究院 教授)

1)「1930年代の国際観光ホテルと日本のリゾート」砂本 文彦 氏

  • Q.「国立公園を語る」で長崎雲仙は、国際観光で先進的事例と語られるが、当時の長崎の状況を教えていただきたい。
  • A.雲仙は明治時代から、上海の避暑客が大変多く来ていた。1930年以前から洋式設備を持ったホテルが大量にある状況であった。一流の英米人が上海から大挙して長期間来ていたのが、身なりも劣りあまりお金を使わなくなってきたことに、長崎の議員が気付き始めた。一流の外国人が来なくなったのは、豪奢なホテルがないからだという議論が出て、雲仙観光ホテルを造った。九州は国際リゾートという観点では日本最先端で、唐津にもシーサイドホテルができる。九州全体で観光客が増えているところに、「上」だけではなく「下」も増えていた。上高地と一緒でテントを張っている外国人が増えていたが、それでは経済効果がないので、唐津のシーサイドホテルはわざわざ安普請で海の家のようなものを造る。その代わり料金を抑えて来てもらう。九州の中でも、雲仙は上昇志向を持って施設整備をしていた。

     
  • Q.1930年代の国立公園の施策で反省すべき点があったとすれば、それは何で、どうやってそれを活かしていけばいいか、お二人の考えをいただきたい。(砂本氏、水内氏2名に対して)
  • A.私の専門は国際観光政策なので、外国人観光客が来るか、という話になるが来るか来ないかはわからない。これが最大のポイント。瀬戸内海国立公園にウサギのいる大久野島があるが、最近は外国人観光客だらけで、3本待たないと船に乗れないくらいである。彼らがSNSを通じて写真を載せるとますます来て楽しんで帰る。なぜ来るかというとウサギと戯れたいからだが、来たり来なかったりと波があり、ウサギがいるから来ているわけでも国立公園だから来ているわけでもない。国立公園だから行ってみようという回路をどうつなげていくか。そこが上手くいくと、来たり来なかったりの波が若干減ると思う。例えば、世界遺産というと清水寺へ行く。国立公園でも今からそれができてくるチャンスが始まっていると思う。戦前の国際観光政策は波にのまれて外国人が来なかったが、大きな二重の枠でカバーできると思う。
  • A.端的に言うと、国立公園がどういうものかわからないまま造ろうとし、予算がなくなった。予算を取るためにいろいろな方向へいったところ、いくつか部分的に何かができたが、総合的にはよくわからなかった。外客を誘致しようとしたが、戦争が悪化して外国人もいなくなってしまった。国立公園がどういうものか、造って5~6年後に再定義を考えざるを得なかったのが戦前の状況であった。当時は予算が調整できず、統合的に政策の中で議論されていなかったが、今回は、予算もついていてある程度横の枠組みもあるのではないかと想像する。反省は期せずして活かされているのではないかと思っている。

2)「戦前期の国立公園における観光資源とその価値観」水内 佑輔 氏

  • Q.田村剛の国立公園は、最初国有地でなければならないと考えていたため1万ヘクタールくらいだったものが、アメリカやヨーロッパ、特にイタリアに影響を受け、公有地や王室有地も上手く使っている実例を見て、変わっていったのではないかと思う。それが地域性へとつながった。つまり、田村がヨーロッパの影響を受けて地域性を「発明した」という理解で良いのか。また、妥協して田村案が変わっていったというよりは、誰もが行ける国立公園を実現するために、様々なものを上手く操って、潰されないように上手く立ち回った結果であると想像しているが、間違いであるか教えていただきたい。
  • A.当時田村はレクリエーションのことを「アマーチュア」という言葉を使った。田村が初期に評価したのは上高地である。老若男女が歩いてでも行ける場所で、全ての国民に開かれている場所であるべきで、登山家向けではなくレベルの低いものを想定していた。普通の一般市民が気軽に楽しめる(場所によっては時間とお金がかかるが)、今で言うアウトドアレクリエーションである。ゴルフや乗馬なども当初は考えていたと思う。施設としてはそれに沿うようなものを用意される。

  • Q.田村剛の国立公園は、最初国有地でなければならないと考えていたため1万ヘクタールくらいだったものが、アメリカやヨーロッパ、特にイタリアに影響を受け、公有地や王室有地も上手く使っている実例を見て、変わっていったのではないかと思う。それが地域性へとつながった。つまり、田村がヨーロッパの影響を受けて地域性を「発明した」という理解で良いのか。また、妥協して田村案が変わっていったというよりは、誰もが行ける国立公園を実現するために、様々なものを上手く操って、潰されないように上手く立ち回った結果であると想像しているが、間違いであるか教えていただきたい。
  • A.ヨーロッパの影響について。イタリアで影響を受けたことと当時の都市計画法で私有地をコントロールするのに影響を受けたといわれている。しかし、最終的には法案をまとめたのは、田村ではなく事務方であるというのが見解として成立している。確かにイタリアで王室林がいろいろな部局に分かれているのを、まとめ上げて国立公園と指定しているのを見ただろう。しかし、当時の田村は私有地を含むことは極力避けたかった。帝室林野局が持っている土地をいかにコントロールするかということが念頭にあったため、地域性の制度であれば導入できるのではないかと踏んだというのが私の今の理解である。   選定の際にどこを選ぶかについて。田村が最も重視した広大なまとまりが議論の中で出てこなくなり、結局、吉野のように飛び地指定も生じた。田村は最初かなりの抵抗を見せたが、最終的には飛び地を許容して国立公園を指定していることから、うまくまとめた、というより押し切られたのではないか、というのが私の所感である。

3)「国立公園満喫プロジェクトについて」笹渕 紘平 氏

  • Q.民間公募でホテルを建てるとなると、デザインのコントロールについてはどう考えるのか。また、国立公園の核心たる風景を味わえる場所、立地の選定方法について教えていただきたい。
  • A.ホテルの誘致については具体的なプロセスが確定しているわけではなく、民間事業者等に相談しているところである。デザインについては基本的にコンペ方式で、事業者から提案してもらう。基本的なコンセプトは国立公園の自然にマッチしたものという、大きな方針はこちらから示すが、細かい仕様等を含めて民間事業者から提案をしてもらう形になるだろう。評価する際も、第三者の選定委員会等を作り決めていくと思う。公募の前には立地も検討する必要があるが、国際的に観光地を巡っているような目利きの観光客にも評価されるような立地を選ぶのは、役人だけでは難しい。国際的なリゾートホテルを手がけているような民間の方に相談しながら、昨年から数回、一緒に現地へ行って調査を行っている。
 
 
     
  • Q.国有地は、新規に買収することはあるのか。
  • A.新たに買収することはなく、既存の国有地の中でまずは考えたい。ただし、自治体の土地でも国と一緒にやっていきたいという話があれば連携していく。民有地であっても、国が直接買うことは難しいが、買うところまでは自治体がやるという話はあるかもしれない。様々な選択肢を含めながら考えたい。

     
  • Q.フェイスブックやインスタグラム、民間のJALやモンベルなどと提携して情報発信しているとのことだが、どういう情報の出し方が一番効果的と考えるか。どの媒体の反響が一番大きかったか、具体的なことを教えていただきたい。
  • A.インスタグラムは去年10月に開始して、1月時点でフォロワー数が2,000人。見る人は見ていて、短いコメントももらうが、これだけを見て外国人が日本に来る訳ではないだろう。オフィシャルパートナーシップでは、ANAとJALの機内、成田空港で、観光庁と作った国立公園の紹介動画を流してもらっている。国立公園のきれいな映像を見てもらい、次回来日の際に行ってみたいと思ってもらえる、という効果になるのではないかと思っている。どれをやればどのくらい来るか、という定量的な効果の評価はできない。ただ、今一般的に、観光客を呼ぶのに一番効果的な情報の出し方として言われているのは、SNSである。それは環境省から発信しているものではなく、日本に来た外国人観光客が発信した口コミのSNSの効果が一番高いと言われている。まずは日本に来てもらわなければいけないが、来日した際にどう感動してもらい、それをどう広げてもらうか、というのが一番効率的で効果的である。

     
  • Q.地元のやる気という話が出たが、具体的に地元とは、様々なステークホルダーの中でどういう主体なのか、何を魅力と捉えているのか。例えば行政なのか、市民団体なのか、土地所有者なのか、その辺りを詳しく教えてほしい。成功事例を作って展開していきたいというのは理にかなっていると思うが、現状、誰がメリットを感じて取り組んでいるのかを教えていただきたい。
  • A.4月に有識者会議で議論が始まり、募集もしていないが短期間で要望が集まり、選定していった。自治体が音頭を取って、他に少なくとも観光関係のDMOなどが立ち上がり、地域で観光に取り組む体制が形式上にでもできているところを、「やる気がある」と評価した。

     
  • Q.「満喫プロジェクト」で選定された8箇所の国有地で公募型のホテルを造る、という話が出たが、ある時急に公募が出るのか、あるいは、“特別規制保護地区を規制緩和してホテルを公募する”、というのは具体的にどういう行政手続きやプロセスを想定しているのか。
  • A.規制緩和は考えていなくて、今の制度の中で考えていくのが大前提。公園計画がないところであればまずは計画が必要。例えば今まで宿舎の事業計画がなかったところに宿舎の計画を追加していく、ということであれば、当然審議会にもかけることになる。審議会で、本当にその場所が適切なのか、どういったものを造ろうとしているのか、きちんと議論して決定していく。先に計画してから公募するのか、公募してから審議するのかは今後決めていきたいが、どこかの時点で、この場所で、民間事業者で計画する、というのは公表していく。場所をどこにするのかについては、こちらで地元と調整をした上で決定してから、公募していくことになる。

全体)

  • ・インバウンドについては、戦略的な政策が必要であると思う。戦略とは総合的に戦わなくてはならないので、ハードとソフトがバラバラでは上手くいかない。知事直轄の観光戦略推進室、室長は副知事クラス、という位の覚悟でなければならないと思う。企画・計画から整備、インフォメーションまで総合的な戦略を持たなければ、なかなか外国人誘致は難しいと感じる。
  • ・国立公園のインバウンドを考えるためには、ホテルや道路といったハードにどう呼び込むか、情報ではなく、実体として呼び込む人にどう楽しんでもらうかを含めて総合的な観点が必要。現状のインバウンドのガイド利用の状況や行動ルートなどの実態データがまだ把握できていないと感じる。例えば日光では東武日光駅に外国人対応の案内所が既にあり、4カ国語で案内をしているが国立公園の情報はほとんど出ていないだろう。新たにビジターセンターを造らなくても、既存のものを活用すれば外国人に国立公園を知ってもらう手だては既にある。
 

(文責:JTBF)

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