研究会活動
第8回研究会「山岳地・トレイルの協働型管理を考える」(共催:北海道大学)【2016年2月15日(月)】
山岳地のトレイルや山小屋などの施設は,行政,事業者,山岳会などにより設置され,管理されています。それらの中には,地元の山岳会や市民団体が協力しているものも少なくありません。人員や予算の不足などの課題を抱えながらも山を愛する人々自身が山に恩返しする活動は,自然公園の管理において欠かせないものです。今回は,国内外の事例報告を受けて,行政と市民の協働による山岳地の管理の課題,今後のあり方について意見交換をしたいと思います。

発表1「Volunteer Stewardship of Natural Areas: Transforming Landscapes and Peopl」

 ロバート・ライアン氏(マサチューセッツ大学 教授)

【自然公園地域におけるボランティアの必要性/環境心理学/ボランティアへの参加動機/ボランティアを対象としたアンケート調査】

アメリカの国立公園では、登山道の過剰利用や維持管理の予算の縮小など様々な問題が生じている。その対応策として、地域の人々や関係者が協働で公園を管理する『協働型管理』の必要性が叫ばれている。実際にアメリカの自然保護団体では、地域住民の協力によって、登山道の整備やインタープリテーションの実施などの様々なボランティア活動が行われている。『協働型管理』を実現するためには、参加者の参加動機や参加理由を明らかにし、都市住民と自然地域(国立公園・都市公園)を結ぶ方法を考えなければならない。環境心理学者カプラン氏によって提唱された理論では、人々が環境問題に取組むためには、①モデル構築(Model-Building)、②意義のある行動(Meaningful Action )、③効果感(Being Effective)の3つの要素が必要であるとされている。また、ライアン氏の行った研究によると、ボランティアへの参加動機は、年齢やボランティア参加歴によって異なることが明らかにされている。参加歴の短い参加者は、参加動機として「自然保護」や「学び」を挙げる傾向があるのに対して、参加歴の長い参加者は、「運営体制の整備」「何かの役に立ちたい」「人との交流」を挙げる傾向がある。『協働型管理』への市民参加を促すためには、都市内でのボランティア活動の機会を設けること、管理を行う行政とNGO等との関係構築を進めること、自然に対する学習の機会を設けること等が重要である。


発表2「信越トレイルの取り組み」

 高野 賢一氏(信越トレイルクラブ 事務局長/なべくら高原・森の家 支配人)

【信越トレイルの概要、取り組みの経緯、理念/トレイル整備における連携態勢と課題/トレイル設置の効果と今後】

信越トレイルは、長野・新潟の県境に位置する全長80kmにおよぶロングトレイルである。信越トレイルを責任を持って管理・運営していくために設立された「信越トレイルクラブ」は、豊かな自然環境の保全と持続的な利用、埋もれつつある歴史や文化の継承、環境問題への意識啓発、新たな観光による地域の活性化を活動の目的としており、地域に愛されるトレイル作りにも力を入れてきた。信越トレイルの整備は、地元や首都圏を中心とする多くのボランティアが中心となって進められている。ボランティアの参加の動機としては、①未踏だが理念に賛同した、②実際に歩いて良かったので恩返しがしたい、③協賛企業、社員研修として、④アウトドアショップの企画等が挙げられる。彼らにトレイル整備に継続して参加してもらうためには、高い満足度を感じてもらうことが重要である。そのため、しっかりと達成感を味わってもらえるよう、参加者に応じて作業難易度を調整している。関係団体間の連携強化も信越トレイルの大きな目的である。そのため、信越トレイルの維持管理にあたっては、関係団体ごとに整備担当区域を設定するとともに、全長80kmにおよぶトレイルの質を整備区間ごとに均質化するため、整備マニュアルを作成・配布している。


発表3「七時雨山のトレイルランの運営と地域振興」

 谷 彩音氏(パシフィックコンサルタンツ株式会社)

【観光客数減少を受けた新たな取組/今ある資源を活かす/閑散期の需要喚起/新たな客層の誘致/トレイル維持に向けた地域の協働/】

八幡平市では、平成4年をピークに観光客数が減少し、十分な資源の活用・魅力発信、スキーシーズン以外の閑散期の需要喚起、従来とは異なる新たな客層の誘致が課題となっていた。こうした課題解決につなげることを目指して、平成25年から「七時雨山マウンテントレイルフェス」を実施している。その結果、七時雨山という未活用の資源の掘り起こし(放牧地の観光利用)、県外・遠方・若者・ランナーといった新たな客層の誘致、スポーツ店・温泉・宿泊・飲食等への経済波及効果といった成果が挙げられた。持続可能な地域づくりに向け、フェス以外にも、リピーター確保のための定期的なトレイルランニングツアー開催、短角牛の消費拡大による牧草地の景観保護のための短角牛オーナー制度の導入等にも取り組んでいる。このトレイルフェス実行委員会は、畜産事業者、農商工業者、アウトドア関係者、地元NPO等、多様なメンバーから成っている。トレイルの維持管理は、実行委員会と地元NPOとが協働で取り組んでいる。協働を進めるためには、活動を貫く理念の共有、win-winの関係構築が重要となっている。トレイルフェスをきっかけに、新たな協働による地域づくりの機運が生まれた。現在は、地域が自立して取り組みを継続できる体制づくりが課題となっている。


発表4「大雪山における一般登山者のボランティア・山に恩返しツアー」

 佐久間 弘氏(山樂舎 BEAR 代表)

【大雪山における登山道の損傷/一般登山者による登山道施工ツアー/今後の課題】

大雪山では、2000年頃から気候変動や過剰利用などの影響により、登山道の損傷が目立ち始めている。こうした課題解決に取り組むために、2011年から山岳ガイド「山樂舎 BEAR」では、一般登山者を対象として損傷した登山道を施工するツアーを実施している。初年度は、一般登山者を募集して荒廃の現場を見るツアーを実施した。ツアー参加者は、自然保護官とともに実際の登山道を歩き、損傷した登山道の施工方法や登山道を傷付けない歩き方などについて説明を受けた。2012年以降は、実際に参加者が施工を行うツアーや施工方法についての座学を組み合わせたツアー等を継続的に実施している。登山道の施工には、各々の性別や年齢に応じた作業があるため、どの参加者も楽しみながら使命感を持って作業に取り組む様子が見られた。その結果、参加者数は年々増えつつあり、メディアの参加や参加者の若年化がみられるようになった。現在は、有料でも参加する人を増やすこと、もっと若者を増やすこと、アクセスしにくい現場で施工を行うことが課題となっている。


議論

コーディネーター:愛甲 哲也氏(北海道大学大学院農学研究院 准教授)

  • 各発表者に対して、下記のような質疑応答があった。

  • 1)「Volunteer Stewardship of Natural Areas: Transforming Landscapes and People」ロバート・ライアン氏

    • Q.ボランティア活動に関する心理学の理論の中で、「モデル構築」「意義のある行動」「効果感」の3つのジャンルがあったが、「モデル構築」について詳しく教えてほしい。
    • A.「モデル構築」とは、それぞれの個人が、これまでの自分の経験や知識をもとに、外から入ってきた情報をどのように処理するかについて構築していくことである。ある問題を目の当たりにしたときに、その人がどのように考えて、どのようにアクションに起こしていくのかは、その人の経験や知識に影響を受けるものである。

    • Q.ボランティアを受け入れる側の心理に関する研究事例があれば教えてほしい。
    • A.多少はある。例えば、マサチューセッツ大学周辺の農地で行われた研究では、農地の保全活動に取り組む人と、実際に農業を営む人との間で環境に対する意識が大きく異なることが明らかになっている。農地の保全活動に取り組む人は、自然保護の重要性を意識しているのに対して、実際に農業を営む人は、自分たちの次の世代のことや農業の効率性を意識している。

    2)「信越トレイルの取り組み」高野 賢一氏

    • Q.信越トレイル連絡会では組織体制はどのように整備されてきたのか。
    • A.組織体制については、活動を追いながら整備されてきた。例えば、20の整備区間が設定されるようになったのは、全線開通した頃である。最初は、NPO法人信越トレイルクラブ(以下、NPO)が全線において常に現場でチェックしながら整備をしていた。ある程度利用者が見込めるようになり、観光協会や自治体など地域の人々が活動を始めた段階で、NPOが主体となって地域関係者に声をかけ、調整しながら各関係団体に整備担当区域を振り分けた。また、連絡会については、トレイルの活動が活発になった頃に新潟県知事の提案によって設立され、NPOが事務局を担当し、林野庁はオブザーバー、県や関係団体は会員という形をとることとした。連絡会が設立されてから様々な仕組みを作ってきたが、NPOがベース部分を提案し、会員からはそれに対して意見を聴取するという形で、なるべくスピーディーに進めることを心がけている。

    • Q.各整備区間の分担については、関係者に快く引き受けてもらえたのか。
    • A.観光協会のような受益者については、関連地域については自らが担当すべきだと認識している方が多かったため、スムーズに進めることができた。ただし、地域によって作業ボリュームにはかなり偏りがある。行政については、理念を掲げながら、一緒にやっていきましょうという形でお願いしている。担当する区間で整備が必要となった際には、担当団体に義務として押しつけるのではなく、難しければNPOが引き受けるという姿勢で分担している。徐々に良い関係性を作り上げていきたいと考えている。

    • Q.整備区間ごとにトレイルの質を均一にするために、どのような工夫をしているのか。
    • A.少なくとも年に1回は、全体で会議を行っている。また、整備を実施する際には事前に整備計画を、終了時には整備レポートを提出してもらっている。各区間における整備状況を把握したり、整備内容の許認可の必要性などについて事前に確認したりすることで、各整備区間の均質化を目指している。

    • Q.信越トレイルではハイキングがメインになっているが、他の産業に波及するまでの経済効果は表れているか
    • A.信越トレイルは、“歩く旅”の場という考え方を持っている。ハイキングだけして帰るのではなく、周辺の宿に滞在してもらい、地域の人との交流や、郷土食など地元の食材、文化を楽しんでもらえるようなツアーも実施している。

    3)「七時雨山のトレイルランの運営と地域振興」谷 彩音氏

    • Q.歩道の整備などを実施していた地元NPOが七時雨山のトレイルランの運営に協力しているがとのことだが、もともとNPOとトレイルランにはどのような関係性があったのか。
    • A.NPOのメンバーは、これまでトレイルランについて全く知らないような高齢者が多かったが、若い人々が町に来ることがモチベーションとなって活動に協力してくれているようだ。現状の活動としては、ごみ拾いやコースマーカーの設置など簡単な作業が中心で、NPOメンバーのトレイルの整備に関するノウハウを活かせていないので、今後どのように次の世代への引き継ぎも考慮しながらノウハウの活用について考えていかなければならない。

    4)「大雪山における一般登山者のボランティア・山に恩返しツアー」佐久間 弘氏

    • Q.大雪山での施工について、次年度以降はどのような構想を描いているか。
    • A.次年度は、環境省や上川総合振興局と相談をしながら、これまで実施できていない奥地のエリアについても施工進めたい。

    • Q.人口が少ないため、都会よりも人集めが大変かと思うが、どのような工夫をしているか。
    • A.現在は、アクセスの良いところで作業しているため、北海道新聞の告知欄に掲載したり、常連客にはダイレクトメールを出したり、インターネットのフェイスブックやホームページを告知しているだけである。アクセスの悪いところまで含めて全て実施するとなれば、自分たちだけでは手が足りないため、組織を作り、信越トレイルのように分担等を決めて、行政も絡めてやっていかなければならないと思っている。

    (文責:JTBF)

    • ※今回の研究会は「北海道大学・大学間協定校交流事業」の一部として行いました。