発表1「国立公園利用にかかわる考え方の変遷」
阿部 宗広氏(一般財団法人自然公園財団 専務理事)
【法令の変遷/環境省施設整備の変遷/審議会答申等の内容の変遷/多様化する利用/状況に応じた柔軟な対応】
国立公園利用にかかわる考え方の変遷について、法令、環境省の施設整備施策、審議会答申等の3つの視点から読み解く。①法令の変遷からは、各時代における公園利用の実態ニーズに応じ、多様な利用を受け入れてきたという姿勢が窺える。その中で景観や生態系、利用環境等に問題が生じた場合は、法令改正や運用通知等を行うことで対応してきている。②施設整備施策の変遷からは、環境省が各時代でどのような管理を行いたいと考えてきたかを読み取ることができる。平成6年から始められた「緑のダイヤモンド計画」では、自然の保全や復元をより強化する部分と、快適な利用を実現する部分とを分け、利用部分については営造物的な管理を行うことでより質の高い利用を提供したいという当時の環境省の思いが表れている。③審議会答申等からは、国立公園に対する基本認識や利用の基本理念は大きく変わっていないということが分かる。国立公園は、国民の自然利用や野外レクリエーションの場として中心的な役割を担い、営造物的な管理手法を理想とするものの、多様化する利用形態に対しては、状況に応じた「すみ分け」や利用ルールを工夫することで対応してきている。3つの視点を通して、国立公園利用にかかわる考え方に大きな変化はなく、営造物型の管理を求めて試行錯誤をしてきた一方、多様化する新たな利用には柔軟に対応してきたということがいえるのではないだろうか。
発表2「旅行会社の立場からみた国立公園」
水野 恭一氏(株式会社風カルチャークラブ 企画開発室室長)
【風カルチャークラブの旅行商品について/国立公園の親和性/国立公園ブランドを利用する上での課題】
風カルチャークラブは、エコツーリズムやグリーンツーリズムなどのテーマ型ツーリズムに専門特化した旅行会社である。少人数定員制で、必ず講師が同行して解説を行う形式をとっており、マスツーリズムとは一線を画した考え方で商品を構成する。これまで催行したツアーを振り返ると、32の国立公園のうち22の国立公園を利用してきた。ツアーの内容は、登山やカヌーなどのアクティビティの体験ツアーや、生態系や自然保護を学ぶツアー、民族の歴史文化を学ぶツアー、アメリカの国立公園との比較について学ぶツアー、震災ボランティアツアー等。風カルチャークラブの商品は、国立公園との親和性が高い。しかしながら、これまで、国立公園だからといって主要な目的地としたり、目的地が保護地域であることを意識して商品を企画したことはなかった。ツアーの企画者や参加者に国立公園をより意識してもらうためには、エリアの分かりにくさ、境界の曖昧さを解決すること、世界遺産やエコパークとの関係性をわかりやすく示す工夫をすること等が課題ではないか。現状の商品づくりにおいては、何をして、何を学んで、そして何を楽しむのかということが最も重要であり、そのフィールドが国立公園内かどうかはそれほど重要ではない。
発表3「米国に学ぶ国立公園の魅力づくり」
鈴木 渉氏(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラネットフォーム(IPBES)、アジア・オセアニア地域アセスメント技術支援機関(TSU-AP))
【国立公園の魅力づくり/職員の分業化/ボランティアの活用/教育研修/デザイン機能の一元化/国立野生生物保護区システム】
米国の国立公園では、職員の分業化や教育研修、公園の見せ方が魅力づくりに大きく関係している。職員の役職は、利用を促進するための自然解説及びビジターサービスや、犯罪の取締り、事務系職員、資源管理、施設のメンテナンスなど多岐にわたる。正式な職員以外にもVIP(Volunteer-In-Parks program)と呼ばれるボランティアが多く活躍し、宿舎やユニフォームの貸与、労災保険の加入などの権利が与えられる一方、週の最低勤務時間が定められる等ある程度の義務が生じる。そのため、VIPに対する社会的な認知や評価は高い。職員の研修制度も充実している。パークレンジャーとしての人格教育や、職員自身が主体的にキャリア設計に取り組めるような研修が受けられ、公園が職員を大切にする姿勢が伺える。また、自然解説の教材、ビジターセンターの展示、公園内標識・解説版、ユニフォームなどのデザインを担うナショナルセンターが存在する。デザイン機能を一元化することで、国立公園としての質の高いビジターサービスと統一されたイメージを提供することが可能になっている。日本の国立公園の職員一人当たりの管理面積は、米国の国立公園の管理面積よりかなり広く、その規模は国立野生生物保護区システムに近い。日本の管理体制を検討する上で、国立公園だけでなく、国立野生生物保護区の管理体制と比較検討することも有益ではないか。
発表4「マレーシアサバ州の保護区管理の状況について -JICA技術協力の事例」
鈴木 和信氏(JICA地球環境部 森林・自然環境グループ 自然環境第一チーム)
【マレーシアサバ州とは/自然保護区域とその周辺/JICAでの取組/保護区の管理にとって重要なこと】
ボルネア島北部に位置するサバ州は、熱帯雨林が広がる自然豊かな地域で、貴重な動植物が数多く生息している。多くのエリアが保護区として指定されており、人間活動を禁止している。一方で、保護区周辺では、多くの住民が生活し、開発のための農地転用、プランテーション農業の拡大など、保護区に対して圧力を及ぼす活動が展開されている。自然資源の持続的な利用のためには、保護区の内と外を一体的に管理することが重要である。JICAでは、保護区周辺に位置するトゥダン村において、土壌の改良や養蜂の技術指導、環境教育など、自然保護や住民の生活向上の支援を行ってきた。管理の支援においては、地域の歴史や履歴を尊重することを重視した。たとえば、管理方法の一つとしてエコツーリズムの導入を検討したこともあったが、施設の整備など他に優先すべき事項が多くあるという住民たちの判断で選択には至らなかった。保護区の管理にあたっては、過去・現代・未来という時間軸のつながりやグローバルとローカルのつながりを意識することが重要である。地球温暖化などグローバルな問題が特定の農村部に影響を与えているが、その解決のためには都市部の人間が意識や態度を変える等のローカルレベルでの取り組みが必要であることを意識しなければならない。
議論
コーディネーター:土屋 俊幸氏(東京農工大学大学院農学研究院 教授)
1)日本と諸外国の国立公園の利用のあり方の相違点について
- ・米国では個別の国立公園ごとに法律を定め、それに基づいて国立公園を設立している。日本の自然公園法にあたるようなものは存在しない。
- ・米国の国立公園では、自動車利用を意識して整備され、また国民の権利を尊重している。そのため、日本のようなマイカー規制を実現することは不可能だと考えられる。
- ・米国の国立公園は公園区域がはっきりしているため、地元地域との関係性を管理側はあまり意識していないように思う。日本の国立公園は、公園と地元地域との境界が曖昧なこともあり、地元とうまくコミュニケーションがとれているといえるのではないか。
- ・開発途上国の多くの国立公園では、原則的に利用が厳しく制限されている。日本の国立公園は、公園内でも住民生活が営まれており、管理に当たっても住民が参加している地域もある。
2)営造物制と地域制管理の利用に対する考え方の相違点について
- ・営造物制では、入園料の徴収や入場制限、利用規制を実施することが可能となり、自然の保護をしながら一番質のよい利用を提供することができる。
- ・地域制では、温泉や観光地がそもそも公園内に含まれているという条件があっての管理になるので、基本的には様々な活動と共存した利用を提供し、その中で一部の可能なエリアでは営造物に近い利用を提供する。
3)日本の国立公園のこれからの利用について
- ・これまでは、「協働」という言葉を掲げながらも利用を規制するような考え方が強かったように思う。ようやく民間と一緒に管理・利用を考えていく時代になってきたのではないか。
- ・これまでの公園計画では、現状を追認するような形で進められることが多かった。これからは、戦略的に必要とされる施設について公園計画の中に位置づけることで、これまで国立公園にはなかったような富裕層向けの宿泊施設や、インバウンドの方も受け入れられるような体制を整備していった方がよいのではないか。
- ・国立公園満喫プロジェクトでは、富裕層向けの施設を誘致するとの方針が示されているが、施設が周辺地域の住民にどのような経済効果、あるいは負の影響を与えるのかということを念頭に置いて検討しなければならない。
- ・国立公園満喫プロジェクトは、富裕層向けの施設を誘致するとの方針が示されているが、所得の低い層も視野に入れた施策を組むことも重要ではないか。イギリスでは、所得が低い人にも、国立公園を体験したり、自然とふれあうという機会を与えるためのプログラムを実施している。
- ・全く何もないところに富裕層向けの施設を誘致するというよりは、国民休暇村の施設をグレードアップさせたような施設を作る方が現実的ではないか。
総括
- ・国立公園の利用に関して、これまで様々な政策が打ち出されてきた。新たな政策を実行する前に、過去の政策の効果をきちんと検証することが重要である。
- ・今後利用を促進するに当たっては、地域住民の立場、観光者の立場など様々な立場をきちんと考えながら進めていかなければならない。時代時代の行政の流れに合わせるような利用の進め方をしてはいけない。
(文責:JTBF)