研究会活動
第16回研究会「自然公園のガバナンスを考える」【2022年10月07日(金)】
自然公園の管理運営には、多様な関係者の関与と協働が欠かせません。国立公園においても、総合型協議会や満喫プロジェクト地域協議会など新たな関係者との取り組みがはじまっています。今回の研究会では、自然公園及び観光地におけるガバナンスとは何か、現状の取り組み、課題、今後の展開などについて、情報共有・意見交換します。

話題提供1「妙高戸隠連山国立公園の協働型管理運営5年間の成果と課題・問題」

土屋 俊幸氏(東京農工大学 名誉教授)


  • 最近、国立公園というものの価値が上がってきているように思う。自然公園は、気候変動や生物多様性保全といった地球規模の課題から地域振興や人口減少まで様々な問題を解決する手段となり得る。
  • 日本の自然公園制度は、開発規制力・地域振興力の弱さ、地域における合意形成・意志決定の仕組みが法定上はないこと、ビジョンの欠如、地域における協働の仕組みの成立しにくさ、現場のレンジャーの絶対数・予算の不足などが課題。これらの課題も踏まえ、2014年から環境省の一つの方針として「協働型管理運営」が示された。日本の国立公園においてガバナンスの方向性を示したことは画期的で、「地域」「総合型協議会」がキーワードとなった。
  • 総合型協議会の役割は、広範囲の関係者間をネットワーク化することで新たな問題・課題に即応できること、予防対策が打てること、将来のあるべき公園の姿・方向性を提示できること。管理運営計画の意義は、どのような目的で何を進めていくのかを明らかにすることで、ビジョン、管理運営方針、行動計画の3段階の計画と「許認可取扱方針」を作成することが肝となる。
  • 妙高戸隠連山国立公園では、「一目五山」を基本理念とした。国立公園としては珍しく、観光地のキャッチコピーに近いものを掲げた。火山も含めて様々な山が色々な場所から雄大に見えるという特徴を入れ込んだ。
  • 妙高戸隠連山国立公園連絡協議会の体制としては、最終決定機関としての総会、各機関の実務を担う責任者が集まる幹事会、さらに細部を詰めていく作業部会(情報発信部会、歩く利用部会など)がある。この体制づくりのため、2014年度、2015年度からワークショップや地元での意見交換会を開催し、その後2015年に協議会が発足、管理運営計画、ビジョン・管理運営方針が決定され、作業部会もすぐに動き出すことができた。協議会メンバーは国の各種機関、地元6市町村の首長、自然環境関係者に加え、地域振興やエコツーリズム、観光協会・DMO、行政の観光部門といった観光関係者が多く入ったことが特徴。
  • 管理運営計画におけるビジョンは、「温故知新、そして日本一愛される国立公園」で、自分たちの国立公園がどうなっていきたいかを基本理念としたユニークなもの。管理運営方針は9つあり、うち5つを重点事項としている。10年間の行動計画もあり、5年経過時点で見直しを行う。
  • 連絡協議会の財政面では、市町村からは会費(均等割と公園面積比率割)を徴収している。発足当初、徴収を渋る市町村からも最終的には同意を得て、財政基盤を確保できたことは重要。県および国は会費の支出ができないものの、環境省は自然環境事務所予算等から工面して会議費等で支出した。
  • 連絡協議会の活動はいくつかあげられるが、「あまとみトレイル」というロングトレイルづくりは地元メンバーから提案があった。歩く利用部会発足後3年にわたり熱い議論が行われた。NPO設立の宣言まで出たものの、その後問題が顕在化し、実現には至っていない。しかし、トレイルの管理運営の任意団体が立ち上がり、事業費の一部を連絡協議会予算から支出する形となって徐々に進みつつある。
  • 協働型管理運営の成果は、少なくともこの5年と少しの期間、市町村や民間、環境省の間での協働体制が維持できていること、管理運営計画が策定され行動計画として具体的に動き出していること、あまとみトレイルの開通と任意団体の設立、管理有効性評価の試行対象となったこと。その要因には、環境省の熱意、有識者とコンサルタントの継続的関与、特にロングトレイルに関して地元住民や関係者の関与が得られたこと、地元市町村である妙高市の存在が考えられる。
  • 一方で、協働型管理運営が定着するか否か(マンネリ化と議論の不在が既に生じつつある)、環境省のサポート体制の継続性、市町村の温度差、民間事業者や関係者の巻き込みを維持・拡大できるか、特に観光業の経済面での実績を作れるか、自前の事務局を作れるかは今後の課題。

  • 話題提供2「阿寒摩周国立公園における満喫プロジェクトの成果と課題・問題」

    笹渕 紘平氏(長崎県県民生活環境部自然環境課 課長)


  • これまでの国立公園は開発が規制される保護地域、投資の抑制的なエリアというイメージだった。しかし、これからの国立公園は持続可能な観光地のモデルとなるエリアであり、重要な資源である自然の価値を守り高めていくためのツールでもある。適正な利用を推進することは地域活性化にもつながり、自然があることが地域にとっても大切だということを地域側にも再認識いただきその価値保全に主体的に関わる意識を持っていただく。環境省は単に開発規制官庁ではなく、地域づくりを共にしていくパートナーである。そうしたことを考えて満喫プロジェクトを進めてきた。
  • そもそも満喫プロジェクトは、平成28年の「明日の日本を支える観光ビジョン」において、国立公園を世界水準のナショナルパークとすることが位置づけられたことから始まった取り組みだ。基本的な考え方は、自然を生かして高付加価値なサービスを国立公園で提供していくことを目指すもの。
  • 阿寒摩周国立公園満喫プロジェクトでは、「持続可能な観光地づくりを推進」「保護と利用の好循環を実現」「自然との共生の文化を世界に発信」をステップアッププログラム内で基本方針として掲げ地域内に共有した。
  • 各種取り組みを進める中で意識したキーワードが3つある。①「新たな利用」:国立公園ではできないと思われていたことを、適正なルールの下に実現。②「高付加価値化」:特別なエリアでの限定体験の提供等による高単価ツアーの実現。③「民間への機会提供」:国立公園の価値を生かしたビジネスが成り立つことを実証。これらを意識しながら、一つ一つ現場で実績をつくり、それが持続可能な地域づくりにつながっていく、という思いで取り組んできた。
  • 「新たな利用」としては、阿寒湖のカムイルミナ、川湯の森ナイトミュージアムがあげられる。いずれも特別地域や環境省直轄地での利用促進となるため地域内外から反対もあったが、一つの判断基準として不可逆的に自然を壊すものでなければ、ある程度モニタリングをしながら試行的にチャレンジしていくようにした。地元からの許認可の相談に対しても、最初から駄目と言うのではなく、どうやったらできるのか、法律上クリアすべき手続きを一緒に考えた。その積み重ねの結果、できること、できないことの区別が地元にも伝わった。
  • 「高付加価値化」としては、弟子屈町が主体となり、エコツーリズム推進法の仕組みを活用して硫黄山全体を特定自然観光資源に指定し、法律に基づく立ち入り制限、ガイド付きでの立ち入りをルール化した高単価のトレッキングツアーを実現させた。立ち入り制限をベースとした限定的なツアーの開発は画期的な仕組みだ。
  • 川湯温泉の再生にかなり力を入れて取り組んだ。景観を阻害し土地を占有していた廃屋を撤去し、跡地の活用に向けた民間事業者の誘致等に環境省が本気で取り組む姿勢を見せたことで、温泉川の清掃など地域住民による主体的な活動も進んだ。
  • 自然公園におけるガバナンスに関して、阿寒摩周国立公園では、体制づくりより先にまずは実績をつくることに注力した。それによって環境省が全てをコントロールして管理するのではなく、どうやったら地域が自発的に保全をする仕組みができるか、その実現を目指した。「国立公園に暮らそう!」ということも打ち出している。国立公園は、自然と共生しながら豊かな暮らしができる場所であり、そこに行ってみたい、あるいは住んでみたい、そう思ってもらえるような国立公園としての「ブランド価値」が維持できるのかどうかが重要だ。そのためには地域による自発的な保全の仕組みづくりが必要で、そのために環境省ができることは何かを考えていかなければならない。

  • ディスカッション

    コーディネーター:愛甲 哲也氏(北海道大学大学院農学研究院 准教授)

    1)「ガバナンス概念の整理」中島 慶二氏(江戸川大学社会学部 教授/国立公園研究所長)

      • ○一般的に、ルールは強い規範で法的規制、罰則を伴うもの。対して、マナーはそこまで厳しくはないものの、多くの人が守るべきと考える社会的合意、自主的運動。これを自然公園に照らすと、法律で決められていることがルール、それ以外のことはマナーと考えられる。
      • ○ガバナンスは、ルールもマナーも全てつかって目指したいビジョン・姿を実現すること。自然公園のガバナンスは、法規制による景観保護、自然環境保全だけでなく、公園事業、地域住民との連携、行政機関の協力、ボランティア活動なども含めた活動により、その自然公園のあるべき姿(ビジョン)を実現していくこと、また、その諸活動を統合すること。
      • ○なぜ今、ガバナンスか。以前は、ルール部分(法律の施行)に重点が置かれた。一方で、地域指定制の自然公園のガバナンスを考えると、マナー部分を含めた管理運営が必要なはずである。加えて、三位一体改革によって国立公園の管理に地域が自動的には関わらなくなった。そこで改めて、法律に書かれていること以外の様々な事業に関して住民・自治体・利用者の合意形成を踏まえて進めていく必要性に、環境省が目覚めたのではないか。
      • ○ガバナンスはうまくいくのかに関しては、非常に心配な状況である。なぜなら、そもそも公園計画上にはビジョンがないため、「マナー」にあたる「合意すべき事項・計画」が不在である。話をする必要性がないため協議会を設置したとしても議論が続かない。ガバナンスという形でビジョンの下に諸活動が統合されていくこともない。

    2)「国立公園のガバナンスと環境省の位置づけ」阿部 宗広氏(一般財団法人自然公園財団 参与)

      • ○自然公園のガバナンスとは、公園の保護や利用に関わる様々な事柄を決定ないしは実行していく体制や過程のことだと認識している。
      • ○総合型協議会ができれば色々な議論がなされ、地域の合意が十分に得られるかと言えば、必ずしもそうではない。
      • ○例えば、総合型協議会の模範とされる尾瀬国立公園協議会は、関係機関・団体・個人など32の構成員から成り、全員揃った会議で実質的な協議を行うことはほぼ不可能。公園が抱える数々の課題については、個別の委員会を設けて議論しており、実際そうするしかない。
      • ○また、環境省では様々な分野の検討会や委員会を設置しているが、その意見はあくまで専門的見地からの助言、アドバイスととらえるべき。意思決定を行い、結果責任を負うのは行政であって検討会・委員会ではない。
      • ○一番の問題として、国立公園を保護するために、環境省として譲ることができない部分が必ずある。公園の管理者側である環境省が、まずは自分たちの中でその線引きをはっきりさせた上で進めていかなければならない。

      3)「観光地マネジメントとガバナンス」寺崎 竜雄氏(公益財団法人日本交通公社 常務理事/観光地域研究部長)

        • ○当財団発行の『観光文化』245号で、「デスティネーション・ガバナンス」と題して特集を組んだ。「観光地マネジメント」「観光地経営」という概念は、諸外国では1990年代中頃から既に話題になっていたが、国内で意識され始めたのは十数年遅れた2010年頃になってから。一方、諸外国ではその頃すでに観光地マネジメントはデスティネーション・ガバナンスに包含されるという論になっていたと言われている。従来のマネジメントの概念では、構造原理の異なる多様な主体の集合体である観光地で生じるすべての事柄に対応できない、限界があるという認識が一般的になり、実行力と持続性を重視したガバナンスの視点に基づく研究や実践が試みられるようになった。
        • ○国内では観光地マネジメントの概念が注目されるようになったのとほぼ同時期に、DMOが脚光を浴びるようになり、これが観光地マネジメントを担う存在だと言われた。地域の総合商社、観光まちづくり団体、観光地経営を担う包括的な役割に期待が寄せられ、DMOの機能はどんどん拡大していった。しかし、ここにきて観光庁が提唱するDMOの役割はかなり揺れているように思う。改めてDMOは何をすべきかを検証した結果、データに基づくマーケティングを担当すればよいという指摘も聞いた。
        • ○一方でわが国の観光地マネジメント論では、マネジメントを実施する責任機関、経営者は誰なのかという議論を曖昧にしたまま現在に至ったように感じる。つまり、どこが主体となって、どのような枠組みでものを考え、決定し、実行するのかということをさておき、概念のみ活用されてきたというのが実情ではないか。何をすべきかに関しては一定の整理がなされてきた一方で、誰が決定し、責任を負うのかということは明示されてこなかった。
        • ○これに関し、森林総研の八巻氏は、利害関係者、ステークホルダーが集まり施策を検討するところまでがガバナンス、施策を検討するところの一部と、実施するプレーヤーが動くところからがマネジメント、状況を見ながら次の意思決定に移るところはガバナンスというサイクルで観光地は動いていると整理している。
        • ○この考え方が実態をうまく表していると思う。すなわち、観光地経営・観光地マネジメントとは地元行政やDMO・観光協会など、おおよそその地域を代表する主体が施策や諸事業に取り組むことを通して観光地を運営する概念。ガバナンスとは、観光振興の実施者や、それによって諸影響を被る個人や団体が、観光振興の施策を検討し、お互いに合意形成を導く概念だ。
        • ○観光政策面では、DMOに続いて「持続可能な観光」がムーブメントになりつつある。誰もが大事なことだと捉える概念だが、具体的にどのような状態であれば持続可能な観光が実現されているのか、何をなせば達成できるのかといった全体像はまだ明示されていない。
        • ○UNWTOによると持続可能な観光には、
        • 1)環境資源を最適に利用しなければならない。
        • 2)ホストコミュニティの社会文化的真正性を尊重しなければならない。
        • 3)存続可能な長期的経済活動を保証しなければならない。
        • が重要だという。加えて、ツーリストの高いレベルの満足を維持すべき、有意義な体験を保証すべきという点も記されている。これら4つの事象の達成が必要条件と整理されている。
        • ○先ほどのガバナンスの概念を補足すると、この持続可能な観光を実現するための主要な枠組みとして、地元が主体となった順応的管理と、協働型管理の実施体制がデスティネーション・ガバナンスではないかと考えている。

        4)「阿寒摩周国立公園満喫プロジェクトにおける観光DMOの役割」笹渕 紘平氏(長崎県県民生活環境部自然環境課 課長)

          • ○弟子屈町でも10年以上前に、DMO的な形で「えこまち推進協議会」が立ち上げられたが、役場が事務局を担っているのが実態で、マネジメント、地域経営においては、プロパーでそこに専念できる人材を確保しなければうまくいかないのではないかと思う。
          • ○阿寒摩周国立公園で出たアイディアとしては、弟子屈町の振興公社をレビックのファンドで活性化させ、摩周湖のレストハウスや硫黄山でお金を稼ぐことができる拠点をしっかりと持つこと。単に第三セクターの収益として回すのではなく、地域マネジメントができる人材を配置できる体制にしていくこと。国立公園とDMOがうまく連携する段階までには至っていないが、どういった組織をつくっていくと良いのかを地域と一緒に考えた。

          5)「大雪山国立公園連絡協議会の立ち上げ」中島 慶二氏(江戸川大学社会学部 教授/国立公園研究所長)

            • ○30年ほど前に大雪山国立公園で連絡協議会をつくった。それ以前はそういった組織は全くなく、支笏洞爺国立公園を参考にしながら設立した。
            • ○その際、予算をつくらなければ皆本気にならないと考え、予算づくりと事業の実施を重視した。国立公園に関係する行政機関も関わり、国立公園を軸として地域のためになる事業を行うこと、そのために予算を確保することだ。
            • ○国立公園そのものは国の仕組みになっており、公園の管理全体に地域社会がどう関わるのかはそもそも制度の中に組み込まれていなかった。それを何らかの形で実現するために、観光を一つの共通利益として地域とつながっていこうという流れで考えた。

            6)「大雪山国立公園連絡協議会の現在」愛甲 哲也氏(北海道大学大学院農学研究院 准教授)

              • ○大雪山国立公園の連絡協議会は,現在も存続している。2~3年の検討期間を設けて,ワークショップや検討会議を踏まえて総合型協議会に移行した。ビジョンの策定を行い,管理運営計画の検討や行っている。総合型協議会に改組したことで、関係機関と市町村だけでなく、観光関係者(DMO、各町の観光協会など)、交通事業者、ロープウエー運営会社、山岳団体、自然保護団体,山岳ガイド,研究者なども参画している。予算は,構成自治体の負担金が収入源となっている。
              • ○現在、総合型協議会の下に登山道の部会を設けているが、大雪山の場合は登山道の問題が盛り上がりすぎて観光方面に目が向けられていないことが課題。どうしても登山道や山岳トイレ,山小屋の改修などの話が多く、山の麓の問題を協議会で議論することができていないのが現状。
              • ○環境省の現場職員は自然公園法の枠内で動くという話もあったが、地域ガバナンスでは地域課題にまで踏み込むこととなる。その場合、誰が音頭を取り、どの財源を充てて、どのように進めていくのか。マネジメントとガバナンスはそれぞれ別の構成員、メンバーが担っても良いのかもしれない。現状、国立公園の協議会も限られた予算の中で管理運営計画やビジョンを作るが、各事業は構成員である県市町村や事業者が進めていくのが実態で、予算を組み合わせて対応することはあまりできていない。自然公園のガバナンスにおいて、どこまでの領域をカバーして議論し、それに対して環境省がどこまで関わるかは結構重要なことではないかと思う。

              (文責:JTBF)